唯一無二
『君が、セレス?』
幼いころに初めて顔を合わせたセレスは、目の前の存在が自分と同じ人間であるとは信じられなかった。差し出された握手を求める手にさえ気付かず、ただ見惚れた。神様に愛される子どもというのは、きっとこんな造作をしているのだ。ゼロスの訝しむような視線に我にかえり慌てて頭を下げながら、セレスはそんな風に思った。
誤解を恐れずに言うならば、一目惚れのようなものだったのかもしれない。半分とはいえ血の繋がった兄ではあるので、もちろんあくまで例えだが。一瞬にして捕らえられ、誰よりも自分を見ていて欲しいと思う気持ちを、他になんと言えばいいのかわからなかった。
セレスは、ゼロスに愛されたかった。憎まれることも疎まれることも仕方ない身でありながら、たった一人の家族であるゼロスに。軟禁のような修道院での生活の中で、ずっと、ずっと、それだけがセレスの望みだった。
けれど。
「…ごめん。」
沈痛な面持ちで、英雄とうたわれる少年は唇を噛んだ。握り締められた拳は小さく震えている。
しかし、セレスはその姿をいっそ無関心に近い眼差しで見つめた。どんなに謝罪を繰り返されても、少年が何を思ったのか何を感じているのか、そんなこと、セレスの知ったことではないのだ。
「私は、あなたを恨みません。…恨みたくない。」
セレスの感情の向かう先は、すべてゼロスであればいい。少年のために使う心なんて、欠片もないのだから。
「あなたはあなたの道を、貫けばいいではないですか。」
そして何時か、ゼロスに関することを一つ残らず忘れてしまえばいいのに。ゼロスの声も表情も癖も、例外なくすべて。そうしたら、ゼロスを想うのはセレス一人だ。セレス一人だけが、何時までもゼロスに近い者でいられる。
それぐらいの我が儘は、許されてもいいだろう。だって少年は、セレスの知らないゼロスを知っている。ゼロスが生を手離す瞬間を、知っている。
(愛しています、お兄さま。だから、私はあなたを許しません。私だけはお兄さまを引きずって引きずって長生きして、幸せになどなってあげません。あなたのところに行く時は、お兄さまのせいだと怒鳴りつけてあげますから、その時は、困ったような笑顔で私を宥めて、それから抱き締めてくださいね。)
セレスの世界だった美しい人は、いなくなった。それは、セレスの世界も終わりを迎えたということ。
それでも生きるのは、ひとえに臆病で優しいゼロスへの意地だった。