唯一無二
波立つことのない、優しく暖かいものだけを、ゼロスはセレスには与えてやりたかった。たった一人のゼロスの家族。セレスはゼロスが生きるための理由だった。死に近く死を望むゼロスを、世界につなぎ止める世界よりも大事な異母妹。もう死んでしまおうかと思うたびに愛らしい桃色が脳内をちらつき、まだ死ねないと足掻かせる。
セレスの周りさえ平和で幸福であれば、それで良かった。その願いを叶えるためなら、何でも出来た。セレスの軟禁は未だとけないが、国王や国の上層部の貴族たちに根回しはしているし、ユグドラシルとの約束もある。きっと、セレスは神子になれるだろう。
「…神子さま?」
触れた瞬間にかすかに染めた頬をそのままに、セレスはゼロスを見上げる。ゼロスの手を振り払おうと動いた腕は、役目を果たさず宙をさ迷った。セレスは驚きに目を見開きながら、ゼロスの顔を凝視していた。
ゼロスはセレスの視線に、ただ微笑む。
(そんな顔すんなよ、愛しい妹よ。最後だから、どうか、笑ってくれ。お前の笑顔をもっていけるなら、俺さまは幸せだから。)
口に出さないその想いばかりは、叶わないだろう。けれど、かまわない。これはゼロスの感傷だ。幸せになりたいわけではないのだ。セレスを、セレスだけを、幸せにしたかったのだから。