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夜明け

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夜が明ける直前の、海と空がまだ曖昧に繋がって見える風景が好きだった。
何処までも歩いていけるような開放感と、感傷的にさせる薄暗さと冷たい空気に浸っていると、やがて地平線に光が差し始め、
世界で自分ひとりしか存在していないような孤独感は、そこでようやく覚め始める。
「よう」
 不意に背後から投げかけられた言葉に肩を揺らす。
気配を感じられずにいたのはきっと、相手の悪趣味だと知っているせいか苦笑しか浮かばない。
ただ振り向くのも口惜しく、わざと無視を決め込むと、不機嫌な声音で今度は自分の名を呼ばれた。
「おい、ルカ」
「なあに、おにいちゃん」
 おどけた口調で振り向いた視線の先には、予想と違わぬ顰め面があった。
吹きすさぶ潮風に煽られて細められた相手の目。それが自分を捉えているだけで安堵感で胸が満たされる。
この気持ちが、家族に対する情愛と違うことに気付いたのはいつからだったか。
脳裏に浮かぶ記憶を振り切るように、顔にまとわりつく髪の毛を振り払った。
「こんなさみぃところで何してんだバカルカ」
「何、心配してくれてんの。やっさしぃ〜」
 途端に舌打ちをしながらジャケットの襟ぐりを鷲掴まれ、引きずるように連行される。
相手のこんなぶっきらぼうな優しさが、たまらなく胸を締め付けることを告白したら、一体どんな反応を返すのだろうか。
そんなことを思っては打ち消す日々にはもう慣れた。
けれど想いが日に日に増していくのだけは、どうしても止められない。
この温かい手は、家族に差し出されたもの。
家族としての自分に、向けられた眼差しを裏切ってはいけない。何度も言い聞かせる。
冷えた首筋に触れた相手の手の温もりが、このまま自分を溶かしてしまえばいいのにと思った。
跡形もなく、すべて、この気持ちも何もかも溶けてしまえば、誰も苦しまず、苦しめずに済むのだろうかと思い、
そんな自分のエゴに思わず自嘲の笑みが口から漏れる。
「何笑ってんだ」
 顔を上げればそこには不機嫌な表情に隠された、僅かな気がかりの色。その優しさがまた、自分を蝕んでいく。
こうして相手のせいにし続けて、自分が傷付いた顔を見せれば、相手の心を捉えたままに出来るのだ。
こんな自分を知られる前に早く相手の前から消えなくてはと思いながら、ずるずると甘えてしまう弱さを否定できないままここまで来た。
どこまでなら許される?
どこまでなら、許してもらえる?
そうやって相手の優しさにつけ込む自分の真意を知ったとき、相手はきっと、裏切られたと思うだろう。
「いや…コウの顔がおっかなくて、思わず笑いが」
「うるせえ」
 朝日に照らされた精悍な横顔を、今はただ独り占めしたかった。
邪な気持ちで見つめる自分の視線に気付いたのか、相手が不意に振り向き目が合う。
妙に気まずく思えて思わず視線を逸らすと、それを許さない相手は髪の毛を容赦なく引っ張り上げた。
「痛、痛いです、おにいちゃん」
 涙ながらの訴えも相手の耳に届いているのか不安になるほどの沈黙が襲う。
潮風が吹きすさぶ音だけが鼓膜に響き、遠くから聞こえる波の音もそこに重なり合っていた。
鋭い瞳が、ずっと自分だけを映している。
緊張でからだが震えるのを寒さのせいだと誤魔化しながら、こちらもただ目が離せないまま相手の顔色を窺うしかなかった。
「おまえ…」
 ようやく相手の唇が開く。なぜかその言葉の続きを聞くのが怖くて、どうにかはぐらかせないかと咄嗟に思案を巡らせたそのとき、
思いもかけない言葉が次に続いた。
「肌の色とその髪の色、やっぱ合ってんな」
 しみじみと、まるで感嘆しているように聞こえた言葉に、一気に体中の熱が顔に集まった気がした。
相手にもそんな自分の動揺が伝わったらしく、意地の悪そうな笑みを浮かべながら、得意げな顔をする相手がやけにあどけなく見える。
「照れてんのかよ。かわいーとこあんなあ、ルカくんよぉ」
「コウが顔に似合わないこと言うからだろー!」
 じゃれ合うように2人で走り出す。
まだこのままで居たい、願わくばこれからも、どうか…。不毛な想いで胸を締め付けられながら、ふと振り向けばもう太陽はすっかり昇りきっていた。
「おい!ルカ!置いてくぞ!」
 叫ぶ声に顔を戻せば、逆光に負けず輝く笑顔がそこにはある。
いつも自分を救ってくれた存在が、自分に笑いかけてくれているのが、堪らなく幸せだと感じた。
自分の溢れそうになる感情に無理矢理ふたをして、声の元へと駆け出す。
この想いにいつか終わりが来ることだけが、いまの願い。けれどそれは決して本望ではない。
矛盾した気持ちを抱えながら今日もまた、自分を誤魔化す一日が始まるのだった。

作品名:夜明け 作家名:たかな