星だったらよかった。すべての人間をはるか遠くから見渡せる星だったら。そしたらどんなにかしあわせだっただろう。楽しいときにきらめいて、無数の人間を見下ろして笑う。ああ、なんという絶頂!しかし俺はどうしようもなく人間なのだった。全力で憎み軽蔑している男とのキスに夢中になってしまうくらいに。ああ、ばからしい。けれどそんな自分もきらいじゃ、ない。ああ、おぞましい。身震いをしたらくちびるをあわせたままのシズちゃんが伏せた瞳を上げていぶかしげにこちらを見据えた。べつになんでもないと目だけで言って、くちびるを舐め上げためらうように離す。シズちゃんは獣だからいちど火がついたら途中停止は効かない。その瞳に熱いものを見つけてあーあ、と心の中でためいきを吐く。あーあ。めんどくさいことになったな。でもべつにいやじゃない。むしろ興奮してる。あーあ。ためいきの相手はいつでも自分だ。スラックスをずらしたシズちゃんが俺の肩を押して倒した。後頭部をおもいきり床にぶつけて一瞬目の前がクラッとする。「・・・臨也」シズちゃんがうわずった声でささやく。こんなシーンはもう何度目だろう。そしてあと何度あるのだろう。そんなことを考えて俺はひとりでセンチメンタルになる。俺がそんなことを考えてるなんて欠片も思わないのであろうシズちゃんは、いまから繰り広げられるであろう性的な行為に夢中で、相手である俺なんて視界の端にも入っちゃいない。
星だったらよかった。カットソーを乱暴にまくりあげられながら思う。星だったらよかった。彼だけの星だったら。空高くから見下ろしてはるか届かぬ遠くから、ばかじゃないのと軽蔑してやりたかった。だけど俺はいま、彼に縋りついたまま離れられないでいる、星になれない、ただの人間だ。ばかなのは俺だ。彼が離れていくのを淋しく思うだなんて。「・・・きらいだよ」シズちゃんなんか、つぶやいた言葉はむなしく聞こえた。それがどうか俺だけでありますようにと、高く輝く星に願った。