22th
「あぁ?」
日本でもっとも顔を合わせてはいけない二人が、今日も池袋の街にそろってしまった。
ファーのついた黒いコートを纏った男、折原臨也。
金髪にサングラスをかけたバーテン服の男、平和島静雄。
どちらも、単体でも十分な危険人物だ。
そのうえ二人は犬猿の仲であり、街に二人がそろうことはすなわち、小さな戦争の始まりを意味していた。
「相変わらずバカっぽい顔してるね」
「ノミ蟲みたいに性格の悪さが滲み出た顔よりマシだろ」
「はは。その反論がバカっぽくて大嫌いなんだよ、シズちゃん?」
「てめぇ!」
街を行く人々はいらぬ被害をこうむりたくないと、足早に通り過ぎていく。
中には、遠くから二人を見物している好奇心旺盛な若者もいるようだ。
「あ、ところでシズちゃん」
臨也は急に態度を変えて静雄に話しかけた。
「毎月22日が何の日か知ってる?」
満面の笑みで質問を投げかけた臨也を、静雄はぽかんと口を開けて見ていた。
「シズちゃーん、さらにマヌケな顔になってるよ? あ、こんな難しい質問、シズちゃんにわかるはずないよねぇ」
まくしたてるような臨也の口調は、傍から見れば明らかに静雄をあおるための意図的なものである。
しかし、肝心の静雄にその意図が伝わったことは一度もない。
彼は考える前に体が動くタイプなのだ。
けれども今日は違った。
「そんなもん――俺にだってわかる」
静雄は力に訴える前に、頭を使って臨也の問いかけに答えようとしたのだ。
何故か照れくさそうに目を伏せている静雄に、顔を引きつらせて臨也が言う。
「へぇ。たいした自信だね。じゃあシズちゃん! 答えをどーぞ」
「しょ……」
「しょ?」
言い淀み、静雄はさらに下を向き小声で言った。
「しょ、ショートケーキの日、だろ?」
「……ぷ」
わずかな沈黙の後、耐えきれずに臨也は噴き出した。
「あはははっ! シズちゃん、見た目に似合わず女の子みたいなこと言うんだねぇ。だいたい他の知識はびっくりするくらい乏しいのに、こういうことだけ知ってるなんてさ――ははっ」
「てめぇ臨也、笑うんじゃねぇ! ちゃんと合ってんだろうが!」
早口で罵倒された静雄は、恥ずかしさも相まって大声で叫んだ。
大笑いしていた臨也が、急に冷静になって正解を発表し始めた。
「たしかにシズちゃんの言うとおり、“ショートケーキの日”っていうのもあるよ。だけど俺が言いに来たのは――」
言い終わるか終らないかというタイミングで、臨也は静雄の方へ跳んだ。
そして静雄のタバコを、箱が入っていたポケットの布地ごとナイフで切り裂いた。
「毎月22日は“禁煙の日”なんだってさ♪」
「臨也ぁっ!」
静雄が自分の受けた被害を確認し叫ぶまでの数秒の間に、すでに臨也は身をひるがえして走り出していた。
いつものように、静雄が手近にあった標識を引っこ抜いた時には臨也は離れたところにおり、そこからとどめの一言を放った。
「女の子みたいなかわいらしい思考の持ち主に、たばこは似合わないと思うよ。だから折原臨也はシズちゃんに禁煙をお勧めしに来ましたー☆」
そしてそのまま、投げられた標識をかわしながら臨也は走り去った。
池袋の一角に、静雄の怒号が響きいていた。
「わざわざ池袋にまで来て、何してるの?」
「あぁ、新羅」
静雄から身を隠すために臨也が近くの路地に入ると、そこには新羅がいた。
「禁煙の日でもショートケーキの日でもいいけどさ。君のことだから、静雄がどう答えるか、予測ついてたんでしょ」
「聞いてたのか」
「たまたま通りかかってね。あれだけ大声で叫べば嫌でも聞こえるよ」
新羅は呆れた顔で臨也に答えた。
「静雄の家の近くにお気に入りのケーキ屋があることも、そのケーキ屋さんが毎月22日にセールをしていることも。全部知ってたんだろ」
「新羅も知ってたんだ。あの容姿と性格で『甘いものが好き』って――笑っちゃうよね」
「笑えたとしてもわざわざけんかを売りに行ったりはしないよ、僕は」
「否定はしないんだ」
臨也は静雄と対峙していた時とは違い、くすくすと小さく笑った。
「ところで臨也」
「なに」
「なんで22日がショートケーキの日なんだい?」
新羅は立ち去ろうとしかけた臨也を呼びとめて聞いた。
「あぁ理由? カレンダーを見てみればわかるよ」
「カレンダー?」
怪訝な顔をしている新羅に、臨也はさらにヒントを与えた。
「毎月、22日の上には何があるか。そしてショートケーキの上には――」
「あぁ!」
そこまで言われて合点がいった新羅は、大きくうなずいた。
臨也は「じゃあねぇ」と手を振りながら、振り向くことなく去って行った。
「こんなことを知っていて、さらにそれで人をからかうなんて……臨也も十分“かわいらしい”部類だと思うけどね」
新羅は本人に聞こえないように一人で笑った。