蜂蜜金柑
土井先生と同棲を始めて三日。
同性だし別に結婚とか考えてるわけじゃないけれど、先生のために何がしてあげたくて料理をし始めた。
しかし俺が転がり込んだ土井先生の家の冷蔵庫には酒と乾き物のおつまみ、卵、貰い物だという金柑の蜂蜜漬けくらいしかなく。
いままで二日、出来合いのものか出前か外食だったせいで冷蔵庫の現状に気づかなかったがこの状況は良くないだろう。
買い物から戻ったのが三時間ほど前で、買い物中に先生が何となく「けんちん汁が食べたい」と言ったのを聞き逃さなかったために今目の前の鍋にはほこほこと湯気をあげる、通常より豆腐の割合の少しばかり多いけんちん汁が完成した。
よかった、料理は昔から祖母に習っていたからそれなりにはつくれた筈だ。
土井先生に味見のため小皿にひとすくい、鍋の中身をよそって渡す。
「ん。美味しいよ。兵助は料理上手だね」
「そうですか?そういって貰えると嬉しいです。じゃあ冷めないうちにテーブルに運びましょう。」
「ふむ。それもいいけれど…」
土井先生は食べきった小皿を流し台のシンクに置き、後ろから俺の髪を弄ぶ。
痛くはないがすぐ後ろにくっついて立たれるとすこし窮屈な感じがある。
不意に、先生の吐息が近くなる。
恋人同士だし、今までだってそれなりにやることやってるから慣れてる筈なのに耳の奥に直接響く先生の声は低すぎないのに腰にくる。
「私は兵助が先に食べたいな。」
いうが早いか早速耳から食べにかかる先生。元来耳は弱いほうだから体の力はぬけていく。
その上出したくもない声が口からこぼれ落ちるのをとめられない。
「兵助、かわいいね。食べてしまいたいよ」
「っ…つぁっ……ふ、ぁ…ん、や…」
涙が床に落ちた。きっと生理的なもの。
目の前にはまだ熱い鍋と中身をよそうためにだしてきた椀が二つ。しかしそれに気を取られている暇はないとばかりに攻め立てる先生の舌。まるで生きているみたいだ。
そんな先生の舌がおれは実のところ好きで、頭のなかにもやが掛かったようにふわふわとしてきて何も考えられなくなる。
視界の端に捕らえた先生の手はコンロの火を切り、それから直ぐさまジーンズの太股のあたりをまさぐりだす。
いつも思うけれどこの手は反則だろう。だって壊れやすい若い理性を崩すには十分過ぎる。
既に役に立たなくなった腰のせいでキッチンのフローリングにへたりこむと、土井先生の口元が孤を描くのが見えた。
「兵助、ベッド行こうか」
断る理由なんかなくて、されるがままに土井先生に抱えられた。
こうされるのは恥ずかしいけれど砕けた腰は使い物にならないし、なにより先生の肩に顔を埋めていたら赤くなった顔をすこしでも見られずに済む気がした。
鼻腔をくすぐる匂いで目が覚めて、霞む視界がはっきりしてきた頃には食卓に食事の用意が整っていた。
気を失う前には夕方だったのに今はもう外は暗くてきっと星や月がでているのだろう。
痛む腰をさすってごまかしながらベッドに腰掛けると気配に気づいた土井先生がこちらを向いた。その眉は微かに下がっている。
「目が覚めたならご飯にしよう。体はどうだ?無理をさせてしまったね」
大丈夫です、と答えた声が想像以上に掠れていて自分でも驚いた。
そういえば声を堪えられないくらい激しくされたし、自分でもなにやらねだってしまったような気がするが正確な記憶は霞がかったように思い出せない。
「すみません、やっぱりとりあえず冷蔵庫の蜂蜜金柑を貰ってもいいですか」
「あぁ、そうしようね。喉にいいはずだから。とりあえずこちらへ出ておいで。」
食卓につくと先生が蜂蜜金柑の蜂蜜を湯で薄め、氷を一つ落としたものをマグカップで出してくれた。
軽くお礼を言って口をつける。ひりひりと痛む喉を癒すようでここちいい。
それを見届けると目の前に向かい合って座った先生は行儀良く手をあわせて、いただきます、と言うと先程つくったけんちん汁をすすりだした。
「やはり兵助は料理上手だ。おいしいよ」
喉の痛みが引きかけたところで自分の目の前にも置かれた湯気の立つそれを一口。
なるほど、時間をおいたせいで先程よりも味が染みている。
時間通りに夕飯を食べられなかったのはよくないが、怪我の巧妙と言うべきか確かに味は上がったような気がする。
もしも先生がそれを見越して行動していたとしたら、やはり自分は一生この人には敵わないのだろうと頭の隅でぼんやり思った。
終