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俎上の死

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残暑の余波もようよう遠のいたこの頃、庭先の金木犀が咲き揃い、それがあまり見事だったので一枝折り取ってきて床の間に生けておいた。暫くの間は花が漂わせる上品な香りがふうわりと部屋を満たしており秋の色が身に染みるようで大層気分が良かったのだが、やはり幾らもしない内にぱらぱらと枝から墜ちて花は散り始める。
刹那いからこそ、こうも鮮烈に美しいのだろうと。
「分かってはいますけれど。…こうして見ると物哀しくはなるでしょう。」
頑是ない子どもの抱くようなやり切れない思いを悟りの境地に踏み入れた老獪さに押し包んで呟く。
四季折々の草花を愛でて季節を味わうというのは、時を刻みながら必ずしもその摂理とともに歩まない自分達にとって、少々自虐にすぎる趣味のようではないか。
趣味、というよりは遠い昔から変わらぬ習い性か生活の様式の一部であるのだが、扨置き、そんなことをぽつりと口にすると男の甘い緑眼が瞬時に苦笑に歪んだ。庭弄りが生き甲斐、「命かけてるからな」と言い切る彼は、己より遥かに短い周期で生死を糾なうものを愛でる自虐的趣味の同好の士に違いなく、その辺りに互いに心の近似値を見出だしたからこそ、今だこうした浅くも深い時間を共にし続ける口実を保てているのだった。
緑の指を持つ男は、こちらの妙に悲観的な情緒感を素早く嗅ぎ取り、まるで嗜めるように、言った。「…おまえ、冗談はそれらしく言えよな」
人目にはそうと判り難い(、と、評されることの多い)うっすらとした笑みがようやく表情らしきものに変わる。
花瓶の周囲に散らばる山吹色の、小さな愛らしい花弁がどうにも惜しく。指先で掻き集めていると何をしているのかと問われた。
「まだ十分綺麗ですから。何か器に水を張って、そこへ浮かべて…そう、食卓にでも置いて飾ろうかと思いまして。」
内側の白い磁器がいいだろう、花の色がきっとよく映える。普段は滅多に使わないため、食器棚の肥やしになりつつある貰い物のティーカップを使っても良いものだろうかと思案していると、件の磁器の贈り主である男は畳の上を這ってきて、ふと手の平を覗き込んできた。ああ、綺麗だな。なんでもないように言って、彼は白磁の指を伸ばす。
「作り物みたいだ。…こっちにこんな感じの菓子があったよな?」
「菓子?ああ、金平糖なんかは近いかもしれませんね。」
「何か、美味そうに見えないか?」
あまりに真顔で言うので、冗談はそれらしく言うものなのでしょうと返すが、本人は「いや、わりと本気」だそうで、そのまま砂糖菓子めいた小花をひとつまみ、無造作に口の中に放り込んだ。
ああそんな、子どもじゃああるまいし。
呆れてものも言えずにいると、あじみ、と一言前置いて顎に手がかかった、これもまた、実に無造作に。
重なった唇は有無を言わさずこじ開けられ、ごく細かな異物がそこから入り込んできた。
仕掛けられた口付けに応じるべく絡められた舌の動きをなぞりながらも、口の中に散らばっていく花弁の存在に軽く背筋が粟立つのが感ぜられた。捏ねまわすように余すところなく腔内を撫でられ、上顎やら歯の裏やら頬と歯肉の間やらあらぬところに張り付く小さな花の輪郭を殊更際立たせるように、天鵞絨めいた花弁の厚みを舌先でぐりぐりと押しつけられては、たびたび息を継ぐ間を見失い呻く声を殺していた。
一方で、そのころになってようやく金木犀の甘ったるい香りがまたふわりと立ち上ぼって口の中を満たしていることに気付く。品良く、しかしどこか粘り付くような独特の香気は花蜜そのもののように湿った粘膜をとろとろ伝いながら、一呼吸ごとに喉の奥に流れ落ちていく。かみ合う唇の間を行き来する互いの吐息も同様にねっとりと甘く、一層全て嘗め尽くしてしまいたいと思えど舌を使うだけではどうしても不足で、思わず両腕を伸べて彼の首をきゅ、と抱き寄せた。その拍子に左の手の平に残っていたこがねの花の一群れがはたはたと聞こえるか聞こえないかの音を立てて膝に、畳に、そして彼の白いシャツの肩に落ち、指を入れた金の髪に絡んでいく。
「……ぅぁっ……!!」
ふいにずると引き出された舌に歯を立てられ、全身から力が抜ける感覚を味わう。頽れる寸前、辛うじて回した腕で首にしがみつきはしたが、加えられる愛咬に容赦はなく、じんじんと疼く熱が腹の辺りに降っていくのと同時に頭の芯が徐々に痺れて使い物にならなくなるようだった。付け根の辺りから最も敏感な先端まで丹念に順を追ってやわやわと咀嚼していく彼の歯列に、既に互いの唾液に塗れ揉みくちゃなった金木犀の花弁が押し潰される。
破壊された植物の細胞からくちゅりと染み出す液体が味蕾を仄甘く橙赤色に染め上げる。静かに蕩けて朽ち逝くのを待つだけはずの命が音もなく断末魔を上げ、体の内側に流れ込み波紋を呼んだ。

口の中で綯い交ぜになったモノを喉を鳴らして飲み干してようやく解放された己の唇からはだらしのない急いた呼吸と声とが引きも切らず、顎に零れる唾液を拭おうと伸ばされた彼の指が忌々しくさえ思われた。
うまいもんだろと緑の眼は無邪気に笑うが。
馬鹿をおっしゃい、冗談ならばもっとそれらしく―。
作品名:俎上の死 作家名:みつき