幼き兵器の涙
いなくなった兄弟の名を呼んだ。
返事はない。
暗い闇が自分を包む。
まるでこれからの運命を暗示しているかのようだった。
そう・・・その日僕は独りぼっちになってしまった。
1922年 ワシントン海軍軍縮条約締結
これが僕たちの運命を大きく変えた。
建造中の艦船は廃棄し、各国の保有艦の総排水量比率を定めるというこの条約により
まだ体がしっかりとできていない僕たちは他の艦に作りかえられるか破棄されるか、そのどちらを宣告されることになった。
無論、破棄=死であることはまだ幼かった僕にも理解できていた。
破棄されていく仲間達の姿を見ながら自分もそうなるんだとびくびくする毎日。
でも、僕と双子の天城は幸いにも別の体をもらえることになったんだ。
僕達がんばります!!
早く立派な空母になって航空機のみんなと一緒にこの国を守ります!!
─ ああ、期待してるぞ。天城、赤城 ─
みんなの期待の眼差しが嬉しかった。
それと同時に破棄されていったみんなの分も戦わなければいけないという使命の重さも感じた。
呉と横須賀。
離れた場所で僕たちは一緒に戦う日を夢みてしばしの眠りに付いた。
そして1923年 9月1日 午前11時58分32秒
関東大震災 発生
相模湾を震源とするマグニチュード7.9の激震が、関東を中心とする広範囲の地域を襲った。
急に周りがあわただしくなる。
そのざわめきの中で僕は天城も大怪我をしたということを知った。
天城は・・・天城は大丈夫なの?
神様、どうか天城を助けてください
僕は人間じゃないけどお願い聞いてもらえますか?
・・・天城は大事な兄弟なんです、だからどうかお願いします!!
お空に向かって毎晩お祈りしたんだ。
でも神様は人間のお願いしか聞いてはくれないみたいだった。
─ 赤城。残念な話だが、天城が死んだよ─
え・・・?!
─ 天災だけは我々の力ではどうする事もできん ─
そんな・・・
せっかく生き残れたのに?
みんなが僕達を必要としてくれているのに?
これから大きな空母になってこの国を一緒に守るって約束したのに!?
ぽろぽろと大きな涙がこぼれて、まるで海の中にいるみたいな・・・
そんなにじんだ風景が目の前に広がった。
「どうしたの?」
どれだけ泣いたか分からないくらい時間がたったある日、
僕に声を掛けてくれた人がいた。
声のほうに視線をやると短髪の気の強そうな子と、前髪が長めの優しそうな子がこちらを見ている。
・・・この子達も僕と同じ兵器なのかな・・・?
返事できずに呆然としていると優しそうな雰囲気の子がこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫?どこか痛いの?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
首を振って僕は答えた。
「僕・・・兄弟が死んじゃって・・・ひとりになっちゃったん・・だ」
すると再び大粒の涙がこぼれ落ちる。
「お前もここにいるって事は兵器なんだろ?!そんな事で泣いてどうするんだよ!!」
もう一人の子が僕に向かって怒鳴った。
そのきつい口調に恐怖を感じ、思わず身を引く。
「だめだよ長門!!かわいそうじゃないか。ボクだって長門がいなくなったら悲しいよ?」
「あ・・・・・えと・・・それは・・・・」
『ながと』という名前の子が顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
そうか、二人は兄弟なんだね
いいな、一緒にいれるんだ
僕は・・・僕は一人・・・
「だいじょうぶだよ!!」
優しい子がにっこりと笑う。
「今日から僕達がいっしょにいてあげる!!ねぇ、長門いいでしょ?」
「あ・・・うん、オレは別にいいけど・・・」
「じゃぁ決まり!!ボク、陸奥っていうんだ。君は?」
「・・・赤城・・・」
「ねぇ赤城、もう泣かないでよ。一緒に遊ぼう!!」
差し伸べられた陸奥さんの手にそっと触れた。
それが僕の新たな運命の始まりだったのかもしれない・・・