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つかもうとしない手

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たとえば、崖から落ちかかっていたらどうする?
お前がつかんで引き上げないと、落っこちて死ぬんだ。
なあ、どうする?





      
       つかもうとしない手






恋をしている。
臆病で、不毛な恋だ。
恋は1人でもできるけれど、2人だと、もっと楽しい。
3人以上だと複雑になるから、それは無しで。


伸ばしかけた手を引いて、ぎゅ、とこぶしを作る。
別れ際、静雄はそういう風に何かを堪える。
「じゃ、また明日」
伏せた目に、抑えた声に、隠そうとして隠しきれていない想いが見える。
「静雄。うち、来る?」
ほだされたわけではないと思う。
むしろ、そんな気遣いは彼を傷つけるだけだ。
静雄は辛そうに、多分否定の答えを出す。
「いえ、あの」
「来いよ」
かぶせるように、少しきつめに言う。
びく、と体を揺らした静雄が、少し不思議そうにこちらをうかがう。
「家飲みしよ。話、聞いてやっから」
「・・・話なんて」
「無い?じゃあ、俺の話聞いて」
「トムさんの」
「うん。言いたいことあるんだわ。お前に」

とてもたくさんのことを。
或いは、たったひとつのことを。
だから。

「な。お願い」
ずるい言い方で、引き留める。
つかまえる。
だってせっかく、追いついたのに。
「トムさん、俺、あります。話したいこと」
「そっか」
「聞いてくれますか」
「聞くよ」
この世の終わりみたいな、そんな悲愴な顔している静雄に、精一杯やわらかく微笑む。
崖っぷちで、この恋がすくわれることを、祈りながら。


作品名:つかもうとしない手 作家名:かなや