いれもの 1
それは臨也と静雄の12の誕生日のことだった。
いつものように遊んでいた静雄が急に倒れたのだ。
静雄はそのまま村の医家である岸谷の家へ運ばれたが、
臨也たち家族は静雄の施術が行われているだろう部屋に入ることを禁じられた。
そうして数時間、臨也は部屋の前で待機をしている。
臨也の父と母は、このまま岸谷の家で待ち続けても迷惑になる、
一旦家に帰ろうと臨也に告げたのだが、
臨也は座ったまま一向に立ち上がろうとはしなかった。
父も母も困り果てたが、結局臨也を残して家に帰ることにした。
施術が終わったらいつでもすぐに呼んでもらうよう、セルティに頼んで。
臨也には彼らが薄情なのでは無い、自分が我侭を言っているのだという自覚がある。
しかし、わかっていても臨也はどうしてもここを離れたくはなかった。
これは父母に対して初めてかもしれない臨也の反抗だ。
何時間経っただろうか、ようやくその部屋の障子がそろそろとあいた。
中から出てきたのは岸谷の家の息子で臨也たちの幼馴染でもある新羅だ。
臨也はその姿を認めると、新羅に飛びつくようにして縋る。
「新羅、シズちゃんは、シズちゃんは大丈夫なの!?」
「…臨也、あのね。落ち着いて聞いてね?静雄は」
―神さまに選ばれた。
新羅は冷静にそう告げた。臨也はその言葉の意味が理解できずにいた。
「どういう、こと?」
「…静雄がセルティのような存在になった、って言ったら分かりやすいかな。」
「…っ」
臨也は息をのんだ。
セルティは現在岸谷の家に住んでいる神様だ。
死を司る神で、一瞬で遠くの地まで移動できる力を持つという。
死を司るといっても、セルティが死を運んでくるのではなく
死した者を常世へと送る役割を担っているらしい。
そんな事を村人は知っているから、セルティを怖がるものはいない。
しかし、その首が無い姿やいつまでも生き続ける様子は明らかに人間と一線を画している。
「今までは確かに人間だったはずだ。でも、静雄の体は今刻々と神様に作りかわってる。
あれだけ出ていた血も施術もせずに止まって、心臓の音も聞こえない。
他の村では人として生まれて、神様に作り変わった例も確認されている。
静雄も同じだ。神様になるんだよ、彼は。」
臨也は顔を伏せて新羅の話を聞いていた。
どのような表情でこの話を受け止めたのか、新羅には見ることができなかった。
新羅の言葉が終わると、
「…そっか。」
と一言つぶやいたが、その心にどのような思いを秘めているのか、新羅にそれを読み解くことは出来なかった。
「神様に作り変わった症例は少ないし、静雄がいつ起きるかはまだ分からない。
何があっても困らないよう暫くはうちで父が様子を見ることにするよ。
今、セルティが親御さんたちに同じ事を伝えに行ってる。」
「…分かった。…っねえ新羅、シズちゃんは
「絶対に大丈夫。必ず前と同じように臨也のもとに帰ってくる。約束するよ。」
顔を上げ堪らないといった様子で口を開いた臨也に、新羅ははっきりとした口調で言葉を返す。
新羅はこの幼馴染がどれだけ片割れを大事にしているか知っていた。
ここで片割れの無事を告げてやることが、臨也に対して新羅ができる唯一の事だった。
「ありがとう、新羅」
泣きそうな笑顔で、臨也はそう言った。