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さいとうはな
さいとうはな
novelistID. 1225
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愁思

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 夜の海は深く、すべてを飲み込もうかというほどに暗い。幸いなのは思った以上に波が凪いでいた事で、長曾我部軍の船は静かに安芸へ向かい進軍していた。
 少しでも眠った方がいい、と薦める配下の声に有難く甘え、船内の自室に篭っていた元親ではあったが、どうにも眠れず、先刻から寝返りばかり打っている。元来、戦の前だろうと嵐に揺れる船の中だろうと、あっさりと寝てしまえる性質なのだが。
 とうとう眠る事を諦め、元親は無理に閉じていた瞼を開き、横倒しにしていた体を仰向けた。その拍子に首から提げた御守り袋が胸元で小さな音を立てる。小窓から伺う空は、星の煌めきのせいか、海面よりも随分と明るい。
 隻眼を細め、御守り袋に触れる。眠れないのは、恐らくはこれのせいなのだろうと分かっていた。
 その御守り袋は元親のものではなかった。ちょうど出立の前にたずねてきた、加賀・前田の風来坊より強引に借り受けたものだ。
「俺も行くよ。船とマグロのお礼をしなくっちゃな!」
 そう言って色めきたつ慶次の、手助けの申し出を断ったのは他ならぬ元親自身だ。毛利と自分の戦に、関係のない人間を巻き込むことは元親の本意ではない。
 だが。
「助けはいらねえ。代わりに、ちょいとそいつを貸しちゃあくれねえか」
 気がつけばそう口にしていた。その前に会ったとき、大事なものだと慶次が言っていた、その胸に下がる御守り袋。渋る慶次から強引に借り受け、必ず戻って返すと約束したのだ。
 紐を首から外し、星明かりに透かせる。藤色の御守りは少し色あせていて、慶次と長い月日の間、共にあった事を伺わせた。
 こういった護符の類は、本来なら掛けられた願が成就するか、時が立てば還されるものだ。神仏の類を積極的に信仰しているわけではない元親でも、そのくらいの知識ならある。わざわざそれをせずにいるのは成就したいないからか、あるいは還すに還せないのか。
(還したくない、のかもな)
 少し古びてはいるものの、小さいながらも凝った刺繍が施されている。そんなものが大事なのかと問う元親に、大事なのは形じゃないと慶次は笑った。
「宝ってのは、何も財宝の事ばっかりを言うんじゃないさ。形のない大事なもの、あんたにだって、何かあるだろう?」
 なあ、となおも笑いかける慶次に元親は応えられず、手にした杯を呷るばかりであったのだが、その華やかな笑顔は、どうした事か、ささやかな寂寥を伴って胸に張り付いた。
 そういえば、あの時、これに纏わる思い出話を聞けば良かったと元親は思う。そうすれば、慶次の笑顔の裏にみた寂しさの訳もしれただろうか。
 困ったことに、これを借り受けたそのた瞬間から、今更だと言うのに気になって仕様がないのだ。眠れないのは、瞼の裏にあの時の事ばかりが浮かぶせいだ。
 ち、と舌打ちをして元親は御守り袋から手を離す。それは、厚い胸板に落ち、はたりと軽い音を立てた。
 気がつけば、空が白み始めている。そろそろ、毛利の水軍とぶつかってもおかしくない頃合だろう。
 元親は再び目を閉じる。一瞬だけ脳裏によぎった戯言は、今は知らぬ振りを決め込むことにした。




作品名:愁思 作家名:さいとうはな