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永遠子(とわこ)
永遠子(とわこ)
novelistID. 726
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おろかなこほどかわいい

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あなたはいつまで、ずっと独りきりで居続けるつもりなの。たったひとりきりで生きているような表情(かお)をして。たったひとりきりで死んでいるような表情(かお)をして。音なく、言葉なく、光なく、息をせず。

 どうして誰もこのひとに言ってやらないのだろう。かわいそうだから? 永遠に許されることのない罪を、贖い続けるこのひとが、かわいそうだから? どうして誰もこのひとに、こう言ってやらないのだろう。

 あなたは、ひとりきりではないのだと。

 「いい加減にしなさい」とは、思わず出てしまった言葉。鬼男は言葉とともに溜息も吐き出した。「あなたはいつまで、ひとりで其処に閉じこもっているおつもりですか」
 すると、彼はきょとんとして見せた。「え、もしかして俺、怒られたの?」 それから、何度か瞬いた後に、唇を振るわせる。「怒られた、お、怒られたのか…」 驚愕した。まるで幼子のように、大粒の涙をぼろりぼろりと零すのだ。それから耐え切れなくなったのだろうか、大声で泣く。「…うわあああん!」 前後不覚に泣く。泣き喚く。

 翌日。

 さて。上司を泣かしてしまったので、次の職を探さなくてはならないだろう。首にされることは確実だ。どうしようか。鬼男は文官向きであった為、次の職も事務職が良い、と雑誌をめくりながらぼんやりしていた。
 その時、不意に背中に何かが圧し掛かって思わず鬼男は身体を強張らせる。結局、読んでいた雑誌に、顔面を突っ伏してしまった。痛い。そして、重い。重い。

 途端、耳元に甘ったれた声音が落ちてくる。「鬼男くん! なあに。なあに、読んでるの」 そして肩口からずいと乗り出す。重い。重い。「転職雑誌? 転職!? 転職するの!」 耳元で騒がないで欲しい。彼はいやだいやだと首を振って喚いて、頬をうなじに押し付けてくる。誰だ、このひと。鬼男は思わず目を疑ったが、彼は確かに、昨日まではまるで叩いても響かぬ主であった。「捨てないで。鬼男くん、俺を捨てないでよう…!」
 ああ! また泣く!

 鬼男は首を斬られることなく、閻魔にきつくきつく抱きしめられたまま、なされるがままだ。どうやら、めちゃくちゃ懐かれたらしい。何故だ。こんなおっさんに懐かれても、全くもって、嬉しくない。うんざりだ。そして重い。

 鬼男は眉間に皺を寄せたまま振り返った。閻魔はまるで伺いを立てるかのように、おずおずと鬼男を見つめる。全く、此処で一番偉いくせになんて表情(かお)をするのだろう。あ、鼻水。きたない。鬼男はそれを律儀に拭ってやった。すると閻魔は言った。

「鬼男くん優しい。好き」

  鬼男は呆気に取られた。

「だって。だって、」

 おっさんがだってとか言うな。

「だって、俺のことなんか叱ってくれたの、君が初めてだ」

 鼻水を拭う布を押し付けられたまま、くぐもった声で閻魔は言う。

 鬼男は長い長い溜息を吐いた。もう己のこころは分かってる。解けてしまった。そう、絆されててしまったのだ。己はきっと、この魂が此処に在る限り、傍に居続けるだろう。

 鬼男は諦めたように微笑うと、それを見た彼もまるで明け方のように、泣き顔をじわりじわりと微笑みに変える。まるでこどものように微笑う。稚い微笑みは愛らしかった。残念ながら、嘘じゃない。愛らしいなんて思ってしまっただなんて、重症だ。

 件の雑誌は彼の手によって放られた。「こら!」と思わずを声を上げると、彼はにこにことを微笑みを浮かべて何かと鬼男の言葉を待っているので、鬼男は思わず口を閉じてしまう。しかしいつまでもにこにこと鬼男の言葉を待つ閻魔を見ていたら、苛としてしまって、結局その額を小突いてやってしまった。「痛い」と閻魔は泣いて微笑った。器用なひとだ。

 彼岸の主でありながら、甘ったれで泣き虫で、どうしようもないひと。このひとがどうしようもないひとになってしまった責任の一端は多分、一介の秘書にある。

(2010.07.06→19)