うそつき
ぽかぽかとしたうららかな春の日。
やわらかな陽気を浴びて腰掛ける魔人に、少女が語りかけた。
少し頬を染め、やわらかく目を伏しながらおずおずと彼女は言葉を紡ぐ。
「あの」
「…なんだゴミムシ」
「あたし、ネウロのこと好きなんですけど」
そうか、と気の無い返事だけ返して視線も向けず、顔色ひとつ変えず魔人は告げた。
「ヤコ、よく聞け。耳の穴かっぽじって奥歯ガタガタ言わせながら聞け」
「なに、今日私奥歯ガタガタいわせて死んじゃうの」
「お前は我輩をなんだと思っているのだ」
「だってそういうときネウロは大体ほんとに…いたたたた!!」
「こうやって我輩も鼻の穴や耳の穴という至る所から奥歯に指が届く日を夢見ていたのだがなあ、こればかりはどうにもままならんのだ」
彼女は鼻に鈍重な痛みを覚えながら咳き込んだ。もはや日常に感じる痛みが人生における痛みの許容量を越えていると彼女は少なからず感じていた。
「やっぱりするんじゃん…」
「そんなことはどうでもよい」
「じゃあなによ」
「貴様、さっき何と」
「だ、だから、好きだよって」
また恥らう少女。
その頬の赤みは真か嘘か。
そんなこと、魔人はとうに知っていたのだが。
「ヤコ」
「いだっ」
首を無理に回転させ、おのずと魔人の翠の瞳と視線がぶつかる。
そう遠くはない、むしろ近い距離。
ヤコ、そう言葉を発そうとした唇は静かに閉じ、魔人は急に黙りこんだ。
伝えたい思いがあるのに伝えられないとでもいうかのような、人間のような表情に、少女は戸惑いを隠せなかった。
「な、なんなのよ、その顔…」
少女は自らの不安や緊張や動揺を感じた。早く何かしゃべってよ、そう言おうと思っても、魔人の張り詰めたような不安そうな切なげな…とにかく、初めて目にするような表情を見ると、少女は何も云えなくなった。ただただ、目と意識だけが奪われた。このしくりと痛む胸の鼓動はなんなのだろう。
「ヤコ…」
じっと少女を見据える瞳。
鼓動がばくばくと高鳴り、周りの音が何も聞こえなくなった。
少女は自分のまわりの世界が止まってしまったかのように思った。
「は、はい」
「…愛している」
ガッ ゴッ
鈍い音がした。
それは彼女の骨が床に響く音。
一瞬のうちに少女はだらしなく身体を床に這いつくばらせていた。
「いったああああー!!!」
「そういえばヤコ、今日は四月一日だな」
「なによもう!知ってるんじゃん!!」
ひび割れそうな頭を抱えながら、少女はびっくりしたあ、と呟き、そうよね、あんたがあんな嘘にだまされるはずないもんねと続けた。
どうしてだろうか、嘘だとわかって一瞬で高鳴っていた鼓動も温度が冷めていた。
魔人は椅子に腰掛けて満足そうににたりと笑った。
「貴様、どきどきしたのだろう」
魔人はいつも少女の核心を突く。しかし、それを白状したからといってどうにかなるわけではない不毛さを少女はとっくに察していた。
「す、するわけないでしょ」
「ほう、我輩が見た貴様の顔は、女の顔であったがな」
「なによ、それ」
「我輩が愛しくてたまらないと、雌豚のように告げておったではないか」
「はあ!?見間違いでしょ」
「なるほど」
ヤコと呼ばれ、引き寄せられる。
「では聞かせてもらおう、もう嘘は終わったのだ。なぜ赤くなる必要がある」
「あ~も~うるさいなあ~もともとよ!もともと!」
「ほらほら、耳まで真っ赤だぞ、ヤコよ」
「ちーがーいーまーすー」
「そんなに我輩が好きか、ハハハ、嘔吐しそうだ」
「違うってば!人の話きいてんのー!!」
私はちょっとおちょくってやろうと思っただけなのに、と少女は内心毒づいた。
でも、あの響きの全てが嘘ではないような気がした。だって、私もまっさらな嘘をついたつもりなどないのだから。きっと彼はそれに気づかないだろうけど。