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悪徳のめばえ

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屋上の縁に立って、風を全身にあびる六道は死にたがってるのかなと俺は思った。ゆるい感じの風は、沈みかけた太陽の暑さを忘れさせるように冷たいというのに、それを一身に受けている六道はちっとも気持ちよさそうな顔を見せていないからだ。俺は違う。俺は気持ちいいと思っている。なにしろ部活で散々汗をかいた後だ。カッターシャツの下濡れた身体が少しずつ乾いていくのを感じる。
「で、話しって?」
部活を終え、着替えた俺の前に現れた六道は話があると言った。一対一で話すのがほとんどはじめてなので一瞬迷ったが、仲間だから気後れすることなんてないと黙ってついてきたのだ。
「なに、くだらないことですよ」
「くだらなくてもいいよ。俺、ちょっと疲れてるから手短にな」
ちょっと嫌みな言い方かなって思ったけれど、六道はほとんど気にしていないようだった。金網の向こう側でちょっと肩をすくめた以外は、後は薄ら笑いを浮かべている。そしてやっぱり話し出す気配はなかった。
なんだよなーと俺は思った。
いつもと同じメニューをこなした筈なのに、俺はやけに疲れていて少しいらいらしているみたいだった。こういうのはあまり好きじゃない。なんかやつあたりしているみたいじゃないか。やっぱり俺のためにも六道のためにもさっさとこの先の見えない会話を終わらせるべきなんだ。
口を噤んで遠くを見やる彼の元へ、俺は近づいた。金網越しに、お互いの毛穴がのぞき込めるくらい近くだ。
「で?」
「そう急くこともないでしょう。ああ、何かここに居たくない理由でも?」
「ん? …ああ、そっか」
俺がいらいらしている理由ひとつゲット。確かに、ここは俺にとってちょっと忌まわしい場所だった。いわゆる一つの黒歴史ってやつだ。あの時のこと思い出すと、なんていうか居たたまれない気持ちになる。誰にも言ったことないけどさあ。でも、忘れてた。意識的に忘れようとしていたのか、それとも本当に忘れていたのかは分からない。
おかしなこともひとつ。俺ですら忘れていたことをこいつは知っているのだ。本当に、おかしなことに。
「お前がどうしてもって言うなら、夜になるまで付き合ってもいいよ。でも、そうじゃないなら手短に頼むのな、ほんと」
「そうですね、君がどうしてもそうして欲しいと言うなら…クフフ、いいでしょう。呼び出したのは僕だ。多少の妥協は必要でしょうね。君の言うとおり手早くはなすことにしましょうか。ああ、そう警戒することもないですよ。ごく、簡単な質問ですから」
ああ、本当に回りくどい男だ。思わず出そうになった舌打ちをなんとか封じ込めて、彼の口が再び開くのを待つ。今度は、わりかし早かった。だがそれは早いだけで、なにひとつ俺にいいことなどなかった。
「君にとって、自死とはどういった意味を持ちますか?」
「終わったことだよ」
固い声。
俺の声じゃないみたいな。
「終わったとは?」
「文字通りの意味」
そういえば、こんな風に真正面からあのことに触れる何かを問われるのは初めてだった。気になっているけど触れない奴らばっかりだったのに…よりによってそれを六道に問われるとは考えてもみなかった。
「なんで、そんなこと聞くんだ?」
「ちょっとした好奇心、ですかね」
「好奇心でそんなこと聞くなよな」
「好奇心は猫を殺すかもしれませんが、僕を殺すことは出来ないでしょう……いえね、単純に自死に興味があるのです。僕は何度も死んできましたが、あいにくと自殺という形で死んだことはないので。どういったものかなあ、と」
「悪趣味」
クフフ、と六道。
笑う彼に俺は今落ちてみればいいんだと思った。経験したことがなくて、挑戦してみたいと思うなら、その通りにするべきだ。これが例えば縁に立っているのがツナだったら流石に推進することはないのだけれど、六道だからいいじゃんと考えてしまう。だって、何度もそうして蘇ってきたんだろう?
「落ちればいいじゃん」
「面白いこと、言いますね」
「聞いたって、多分分かんねーと思うよ。なら、試せばいいじゃん。折角のチャンスだっていうのにさ」
「成る程」
勢いに任せてこんなことを言ってみるが、実の所半分以上は冗談で出来ている。落ちたら落ちただなんて思っているが(この短時間で俺はすっかり彼を嫌いになっていた)実際落ちるなんてことある筈ないんだって。
「成る程」
もう一度同じ言葉を繰り返すと、ふ、と六道の姿が視界から消える。驚いた。いや、驚いたなんてものじゃない。とっさに金網を強く掴まなければ、それを乗り越えて一緒に落ちてしまっていたと言えるくらい俺は驚いていた。
六道は俺の見える範囲にはどこにもいない。だが、落ちていく六道の音はせず、すっかり日が落ちた校庭は静まり返っている。確かに落ちた。何故なら六道は俺の視界の中にいない。でも、何かおかしい気がする。
「どうしました? そんなに不思議そうな顔をして」
ごく近く、右斜め後ろから声がする。慌てて振り返るとくふふと六道が気色の悪い笑い声を立てている。俺は反射的に彼の頬へ手をやった。少し冷たいが、それはどう考えても生きている人間の感触だった。
「違いますね。君、残念そうですよ」
「そうなのか?」
「ええ」
自覚はないけど、外からそういう風に見えるってことは、まあ、そうなのだろう。でも、残念ってどういうことなんだ。まるで、俺が六道に死んでほしいと思っているみたいじゃないか。いや、半分くらいはそう願ったけどさ。
……改めてそのことについて考えてみるが、よく分からない。だから、もっと別のことを考えようと思う。もっと。もっと。
「お前、細いよな」
頬に当てていた指を首筋へ移した。俺より一個上の筈なのにその首は細く脆そうだ。バットで叩きつけたら簡単に折れてしまうだろう。骨はどうなるのだろう。昔マラソンのしすぎで骨折して、皮膚から骨が飛び出すという映画のことを思いだし、そこから折れた骨が皮膚を突き抜けて飛び出してきた六道のことを連想してちょっと笑う。それはグロテスクで滑稽だが、たぶんすごく綺麗だろう。
「……なんでしょう」
「俺、お前のこと殺したい」
ぺたぺたと冷たい頬に触れながらシュミレーションしてみる。背負われたバットを抜いて、六道にゆっくりと叩きつける。スピードをつけちゃだめだ。特別製の俺のバットはあまり速く振ると刀に変わってしまうから。俺は、頭とそれ以外に分かれた六道はそれほど見たくなかった。あくまでもあの白い首から骨を尖らした六道が見たいのだから。叩きつけると六道は倒れる。声はあげないだろう。変わりに俺を驚いた顔で見つめる。それから、多分達観したように笑うだろう。こんなことなんでもないと言いたげに。もうすっかり慣れたと、そんな感じで。
「六道、残念だったな」
「何がでしょう」
「きっと、今回も自殺出来ないよ」
「そうですか」
クフフフ、と一層楽しげに笑ってから、六道は俺を見て××××とつぶやいた。まったくその通りだと思う。
作品名:悪徳のめばえ 作家名:ひら