愛おしい日々
けれど、非日常やましてや変革などを望んではいない。
静雄はたばこを吹かせながら、上司であるトムが来るまで休憩として公園で時間を潰していた。
この暴力を使わなければそれで良いのだ。
静雄はこの変わらない日常を好む。
変わることで、もしかしたらこの力でまた誰かを傷つけるかもしれない。
それが、怖い。
最近漸く手に掴んだ大切な人間さえも傷つけてしまったら。
きっと自分は正気でいられなくなるだろうと静雄は思う。
どうしてこうも後ろ向きな考えが心を占めるのだろう。
不思議に思いながら首を横に振った。
「がらにもねぇなぁ」
ポツリと零した言葉に応える者などいない。
静雄の周りには人が寄りつかないからだ。
それを別段悲しいとは思わない。慣れたと言えば慣れた事だ。
この暴力の所為で人は静雄から離れていった。
近づいてくるのは弟の幽や尊敬するトム、後は興味本意な人間や力試しな野郎くらいだ。
女なんて滅多に近づいてこない。
(まぁ、耳元でキィキィ言うあの甲高い声は好きじゃねぇから別に良いけどよ)
それに比べてあいつはそうでもないと思う。
いつも落ち着いていて、声を荒げることもなく静かに話す。
その声が心地よくて、ついついいつも聞き役に回ってしまう。
「・・・・やっぱ俺のことよりあいつのことを知りたいしな」
自分の言葉に頷きながら、たばこを吹かす。
自分よりも数段弱くて、細くて、白くて、儚い存在。
それでも、静雄の心にはとても強い人間として記憶されていた。
体力とか腕力とかではない。心が強いと、そういうことだ。
「あ、でもあいつでも大声出すときがあったな」
記憶を辿っていくと、静雄が暴れ出すときには必ず大声を出して自分を主張していた。
そうでもしないと静雄に気づいてもらえないことを知っているようだった。
確かに静雄は頭に血が上ると周りのことが見えなくなる。
だから、ああやって声を上げてくれると助かるのは助かるのだが。
「俺を止めようとしてわざわざ危ねぇ所に出てくるのはなぁ」
周りが見えないと言うことは見境が無くなると言うことで。
今までは無事でも、次は危ないかもしれない。そしてその次に大怪我を負ってしまうかもしれない。
だから絶対に静雄が暴れているときには出てくるなと言っているのだが。
『静雄さんを止めるのは僕の役目ですから』
そう言って笑った彼女の笑顔を静雄は忘れない。
思い出すだけで頬が染まる。あまりにも恥ずかしくて顔を横に振り、少しでも熱を冷まそうとした。
「あ~・・・。トムさんまだか」
早く仕事に戻りたいと静雄は思った。
仕事をしていれば彼女のことを考えなくてすむ。
彼女のことを考えるだけで頬が熱くなって、頭が彼女のことでいっぱいになって、胸が苦しくなるからだ。
「トムさん・・・早く来てくれ」
たばこが段々と短くなってきた。
しょうがないとたばこを地面にこすりつけ、新しい者を出そうとした瞬間。
凛とした声が響く。
「静雄さん!」
「っ」
今まさに考えていた彼女、帝人の声が聞こえた。
静雄は慌てすぎて出しかけたたばこを地面に落したが、全くそれに気づかずに硬直する。
(幻覚?いや声は確か幻聴って言うってトムさんがっ)
頭が混乱してまともな答えを導けないでいると、くいっと袖を引かれた。
驚きで目を見開く。
「静雄さん、こんにちわ!お仕事中ですか?」
「っ!!」
幻聴ではなかった。今、目の前に来良の制服を纏った帝人が立っている。
ニコニコと笑う彼女はまるで子犬のような愛らしさ。
静雄の頬が自然に紅潮する。
「い、いや・・・休憩中だ」
「そうなんですか!良かった・・・。今日は早く授業が終わって。少しお話しできますね」
「そ、そうだな・・・」
とても楽しそうに帝人は静雄に今日学校であった事、紀田正臣と園原杏里と一緒に遊ぶ約束をした事を話した。
本当に楽しそうに話すものだから静雄は無意識にうちに笑みを浮かべながら帝人の頭を撫でていた。
「そうか・・・楽しそうで良かった」
「ふふくすぐったいです」
「そうか?俺は気持ちいいな」
「そうなんですか?」
「あぁ。お前の髪、触ってて気持ちが良い」
「・・・照れます」
帝人が頬を染めて俯き加減に、静雄を見る。
所謂上から目線というもので。
静雄の理性が一瞬、飛びかけた。
だがここで獣になるわけにもいかず、残り少ない理性を総動員させて何とか平静を装う。
これでも大人の余裕というやつを見せつけたい。
「えっと、そのすまねぇ・・・」
だがやはり自分には大人の余裕というやつは向いていないと思った。
帝人の頭からすぐさま手をどける。
赤くなる頬を止められず、恥ずかしくてそれを隠すために頬をかく。
「そ、そのなんだ・・・」
「静雄さん・・・あ、あの!」
急に大声を出した帝人に静雄は驚き、まじまじと帝人を見た。
見れば帝人も盛大に顔を赤くして静雄を見つめている。
「こ、今度のにっ、にちよぅび!な、んですけどっ、あぁぁいてますかぁぁ!?」
「えっと・・・」
静雄は帝人の言った言葉を理解するのに3拍要した。
瞬きを数度繰り返し、まじまじと帝人を見る。
帝人は頭から湯気が出そうな勢いで顔を赤くし、とうとう俯いてしまった。
静雄も頬を染めて片手で顔を覆う。
恥ずかしくてたまらない。だが、静雄よりも帝人の方が恥ずかしかっただろう。
これは要するにデートの誘いなのだ。
それを帝人は切り出した。そうとう勇気を必要としたのだろう。
静雄は何とか声を出して帝人に答える。
「あ~・・・・今度の日曜だ、な・・・あぁ、空いてる、ぜ・・・」
帝人は俯かせていた顔をガバリと上げると、驚いた顔で見つめてきた。
静雄はこくりと頷く。
その途端、帝人は嬉しそうにはにかみながら良かったと呟いた。
「駄目だって言われたら・・・どうしようかと」
「・・・お前の誘いを俺が断るわけ無いだろ」
「静雄さん・・・」
「そのー・・・なんだ・・・まぁ、楽しみにしてる。あ、どこか行きたい場所とかあるか?」
「静雄さんとならどこへでも・・・」
「そ、そうか・・・」
頬を染めながら二人で話しているのを、静雄を呼びに来たトムはどうやってあの中へ入ろうかと頭を悩ませていた。
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あー静雄。お前今日もういいぞ。帝人ちゃんを送っててやれ。
え、良いですよ!大丈夫です!
静雄。言いかちゃんと送り届けてやれよ。
うぃ~す。行こうか帝人。
うぅ・・・!あ、ありがとうございます!トムさん
おー・・・