二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

夏の初めの風景<山吹>

INDEX|1ページ/1ページ|

 


 「室町、これを」
 南から差し出されたものを、反射で受け取ってから室町は首を傾げた。見たところ、何の変哲もないファイルのようだ。ひっくり返して表にすると「男子テニス部」とだけ書かれていた。
「何ですか、これ」
「生徒会関連の書類だ」
 言われて開いてみると、様々な種類の書類がきちんとファイリングされていた。南の前の代からの引き継ぎもあるのだろう。奥へ行けば行くほど紙は古びていて、書き込みも鮮やかさを失っていた。
「夏が終わるとすぐに後期の予算申請があるからな。早めに確認しておいてほしい」
 なぜ、と訊くのは愚問なのだろう。南たち三年生はもちろんのこと、室町の同輩たちも後輩たちも、次の部長は室町になると信じて、疑ってもいないようだった。
 そのことに不満があるわけではない。室町自身も、部内を見渡して、こう言っては何だが時期部長は自分だろうと思ったりもする。だが。
「ずいぶん気が早いですね」
「……そうか?」
 首を傾げた南の向こう、部室の壁にかかっているカレンダーはまだ7月だ。ようやく関東大会が終わって、何とか全国への切符を手に入れて、でもここまでの試合で多かれ少なかれ思うところがあった部員がたくさんいて、その筆頭がエースである千石で、そしてなんとなく部内の空気は落ち着かない。つい先ほども、何となく不安そうな顔でうろついている壇と行きあった。大丈夫だ、と言ってやりたくなったが特に根拠があるわけでもない。室町自身が「大丈夫だ」と思いたいだけなのかもしれなかった。
 そんな状態でこのファイルを渡されても、正直全く実感がわかない。それよりも先に、すぐそこに迫っている全国のためにすべきことがあるだろう、と、珍しく南に対して憤りのようなものも感じる。なるべくそれが露わにならないようにひとつ息を吐くと、何もかもわかっている風で南は笑った。
「まあ、確かに少し早いかもしれないが。いずれ引き継ぐものだ。今でも悪いことはないだろう」
「悪くはないですけれど……」
 そう先々を見据えられても、こちらとしては追いつかない。ふと、南が見ているものは自分とは違うものなのだろうかと思ってしまうほどに。
 そういえば、千石をはじめとして何となく部員が落ち着かない中、南は関東大会前と何も変わっていないようだった。
(何も、ということはないんだろうけれど)
 外に見えてくるのは、大会前と変わらない部長の南だ。それが頼もしくもあり、もどかしくもある。それから、ふと自分に置き換えてしまうのだ。
(俺も、夏が終わったら)
 このように在らねばならないのだろうか。部長、というのはやはり特別なポジションだ。部長が揺らげば、部全体が揺らぐだろう。南のように構えていられる自信が、少なくとも今の室町には、ない。
「室町?」
 黙りこんだこちらを気遣うように、南が顔を覗き込んでくる。大きな身体の割に、こういうところが器用な人だ。人に反感を抱かせない。トップに立つ上でそれは大事な資質だ。自分にそんな資質があるとは、今の室町には到底思えなかった。
「悪い、プレッシャーをかけるつもりはないんだが」
 今できることだと思うとやらずにはいられなくて、と南が苦笑する。自分はそんなに不安そうな顔をしていたのだろうか。受け取ったファイルをぱたりと閉じる。それから、一つ深く息を吸って頭を下げた。
「ありがとうございます。あとで、確認しておきますから」
「ああ、うん、急ぐわけじゃないし」
 ゆっくりでいいから、という南はほっとしたようだ。
 南が意図していることも、わかるつもりだ。彼は、緩やかに少しずつ、室町に慣れさせようとしている。部を引っ張ること、代表としてみられること。彼らが引退した後で、急に何もかもが室町に降りかかってくることのないように。それは南の気遣いだろう。自分は大事にされている、と思う。大事にされているうちは自分がまだ後輩なのだ、とも思う。
(もう少し、このままでいたいと思うのは)
 それは甘えだろうか。まだ自分には覚悟が足りない、ということだろうか。
「室町?」
 南が、三年生たちがいなくなった後。それを具体的に想像することが、室町にはまだできない。だが、その時は確実に迫ってきている。全国大会はもうすぐだ。そして、そこで一度でも負けたら夏は終わる。
 去年よりもずっと切実な実感を伴って、その事実が身にしみる。そんな室町に気付いているのかいないのか、南は笑って肩を叩いてきた。
「じゃあ練習だ」
「はい……今日は、他の人は?」
「東方はもうコートに出てるよ。千石はどうかな、来るような来ないようなことを言っていたけれど」
 そろそろまじめにこちらの練習にも合流してほしいんだけどな、と言って今度は南は苦笑した。部長としての苦笑は、見慣れた顔だ。目下、気まぐれなエースが自主練に熱心で部活を休みがちなことが気がかりなようだった。
「まあ、そろそろ戻ってくるでしょう。千石さんのことですから」
「そう思っているけれどな」
 言いながらラケットを取り上げて部室を出る。途端、午後の眩しい日差しが飛びこんできた。サングラス越しでもわかるほどの光。
「暑いなあ」
 ぼそりと南が呟く。
 一番暑い夏は、これから来るはずだった。

作品名:夏の初めの風景<山吹> 作家名:速水