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水面の風と手のひらの熱

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散歩にでも行かないか、というのは、ヘスラーからの珍しい申し出だった。
共同生活の中には、それなりに規律というものが存在する。
放っておいてもそもそもが規律を重んじる傾向にあるメンバーが揃っているせいなのかどうかはわからないが、アイゼンヴォルフには特別細かい規則が設定されているわけではない。
が、やはり調和と協調を重んじる性格のヘスラーは、規律を乱すことを好まない。
だから、ふらふらと夜に出歩くなんて、いくら宿舎のすぐそばの公園であろうともあまり聞かない話なのだ。

「珍しいな?」

問えばにこりと笑顔だけが返される。
アドルフはその笑顔を見ながら考える。
すっかり暑さの和らいだ季節、これまでの暑さが嘘のように過ごしやすくなった。
朝晩の空気は特にそうで、だから、夜歩きにも確かにちょうどいい程度ではある。
わかった、行く、と返事をして、自分の服装を見る。
半袖のシャツ一枚では冷えるだろうか?
が、まあ、そう長時間出歩くわけでもなし、大丈夫だろうと考えて、正面玄関へと足を向けたヘスラーを追いかけた。



宿舎から出て近くにある公園には、比較的大きな川が流れている。
その川べりを並んで歩きながら、何ということもない会話をする。
日常のこと練習のこと仲間のこと、離れている家族に電話をしたのだとか、そんなことを。
ヘスラーは家族をとても大事にしているから、家族の話題になると特別に優しい顔つきになる。
川面に映る半月の反射が横顔を照らして、細められた目が綺麗に光っているのを見ていると、どこか安心したような心持になるから不思議だ。
正面に向き直ると、川岸に合わせて延々と続く真直ぐな道が伸びていて、あまり行き過ぎると戻るのが遅くなってしまう、とそんなことを考えた。
そろそろ戻らないか、言おうとしたところで小さく寒気を感じて、くしゃみをひとつ。
水の上を渡る風はひやりと冷たく、袖からむき出しの腕を撫でて流れていく。

「冷えるか?」

「……少し。でも、」

大丈夫だと続けようとしたのだが、ぐいと肩を引き寄せられて、バランスを崩しかける。

「……と、っ…、」

ヘスラーに受け止められてその顔を見上げると、悪びれるでもなくヘスラーは微笑んでいる。
優しい力で肩に腕が回り、

「この方が温かい」

触れる手のひらから肩へ、胸板から反対の肩へとゆっくりと染み入る温もりは、確かに自分を温めてくれるだろう。
自分にとって、それが何にも代えがたいものだと自覚があるから、こくりと頷いた。
足を止めて、二人、川を正面に向き直る。
腰の高さ程度まである塀に腕をついて、夜の色に染まった水面を見やると、真ん中にぽかりと半分の月が浮かんでいる。
水の流れに合わせて僅かに輪郭を揺らすそれは、黒い水面に浮かぶまるで船のようだった。
ゆらゆらと、揺れる。
何故だか会話はあれきり途絶えていて、言葉もなくただ眺めていたのがいったいどれくらい続いただろう。

「アドルフ、」

名前を呼ばれた。
同じように川面を眺めているのだろうとばかり思っていた顔を、首だけ振り向いて見上げようとしたのだが、

「………!?」

予想よりもずっと至近距離の位置にあった顔に、一瞬思考が止まる。
もう少し勢いがよければ、鼻先がぶつかっていたかもしれない。
けれど、アドルフの逡巡には構わずに、ヘスラーがもう一度名前を呼んだ。

「アドルフ」

右手が頬に添えられる。
夜風に冷えた耳朶が、その指に触れてびくりとした。
ヘスラーの手のひらは温かい。
触れられた部分にほのかな熱が移るような気がした。
そんなところにばかり気を取られて、返事もできずにいると、やがて、

ゆっくりと、唇同士が触れた。

数秒であっけなく離れていったはずのそれは、しかし、永久に続くかと思われる混乱をアドルフの中に落としていった。
頬を包む手のひらが、熱い。

「目は」

ヘスラーが微笑む。
頬に添えた手はそのままに。
熱が、また移る。

「目は、閉じるものだろう、こういうときは」

なんでそんなに落ち着き払っているのだと不意をつかれた側のアドルフは思ったが、触れる手のひらが若干熱を増したらしいことと、掠め見えた両耳がほのかに赤みを帯びたことで、ヘスラーもまた単に落ち着いているだけではないのだということを感じ取った。
頬をなぞる指が腹で滑って見開いた目元に触れた。
瞼をそっと撫でる親指が、
とても優しいから、

「………次は、そうする」

絞り出した声に、ヘスラーが微笑んだ。

「そうしてくれ」

川面を滑る風は相変わらず秋の夜に相応しく冷えたものだったが、ヘスラーから移る熱のせいか、それとも自身の熱のためか、しばらくくしゃみは出そうにない。
そして再び至近距離へと近づく顔に、瞳の中に映る自分が見えるまでになって、アドルフはゆっくりと目を閉じた。





2010.9.20