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秋の終わりの風景<四天>

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「……何の真似ですか」
 何の遠慮もなく、盛大に財前は溜息をついた。彼がいるのは埃っぽい空き教室だ。昼休み、教室のうるささに辟易して、部室にでも行こうと廊下を歩いていたら白石につかまった。軽く挨拶をして行き過ぎようと思ったのに、「ちょっとええか?」と腕をひかれ、振り払うこともできずに(振り払おうとはしたのだが、さりげなく白石の手に込められた力の方が強かった。こんな見かけの割にパワープレイヤーでもあったことは伊達ではない)ずるずると引きずられてこの教室に連れ込まれてしまった。すわ何事かと思ったが、白石は手近な椅子に腰かけると財前にその向かいの椅子を勧めてきた。断って逃げたところでいずれまた捕まるだろうことは想像に難くないので、財前はしぶしぶながら腰掛ける。窓から差し込んでくる光で、きらきらと埃が舞っているのが見えた。それに負けないくらいきらきらとした顔の白石が目の前にいる。経験上、白石がこんな顔をしている時はろくなことがないのだ。
「悩み相談や」
「は?」
「せやから、悩み相談やって」
「……どんな悩みか知りませんけど、俺には解決できないんで。自分で頑張ってください。ほな」
 そう言って席を立とうとした財前の手を、素早く伸びてきた白石の手が捉える。はっきり言って、若干気持ち悪い。
「ちゃうて」
「何がですか」
「財前の悩みをきいたろて言うとるんや」
「は?」
 唐突な台詞に、敬意の欠片もない反応をしてしまったのは許してほしい。誰か、財前が悩んでいるようだと白石に告げでもしたのだろうか。
「……特に何もないですけど」
 思い当たる節はないので正直に告げると、白石はあからさまにがっかりした顔になった。おそらく「後輩の悩み相談を受ける自分」という立場が気に入っていたのだろう。こう見えて、白石はベタなことが好きだ。それでベタになり過ぎて滑ることがないのは、生来の見かけのよさのおかげだろう。見た目で得をしまくって生きている人間というのがほんとうにいるのだと、彼を見ていると思えてくる。
「些細なことでええねん!些細なことが、あとから響いたりするんやし!」
「や、ほんまにないですから」
 どうしても悩み相談を受けたいらしい白石には申し訳ないが、本当にないのだ。財前自身もこんなに問題がなくていいのかといぶかしく思うほど順調に部活は回っている。それは財前だけの力ではもちろんなくて、それこそ夏までに白石たちが積み上げて残して行ってくれたもののおかげだ。それについては心から感謝しているが、それを正面切って言うのも口はばったい。
 とにかく何もないのだ、ということがわかると、白石はあからさまにがっかりした顔になった。むやみにそういう顔をされると、自分がひどいことをしたような気になるので止めてほしい。
「……」
 これで用件が終わりならばさっさと部室へ行きたいのだが、なんとなく悄然とした白石を残していくのも後味が悪い。考えあぐねて、財前はようやく一つ思いついた。
「……あの」
「何や」
「困ってるとかではないんですけど」
「ん?」
 途端に目を輝かせられると、言いたくないような気になってしまう。椅子から立ち上がりながら財前は早口で言葉を継いだ。
「金太郎が試合したいて騒ぐんで、たまには相手しに来てください」
 それだけ言って、踵を返す。何となく頬が熱くなってきた。一拍置いて、後ろからくつくつと笑い声が聞こえてきたから尚更だ。
「財前」
 教室を出ようとしたところで呼びとめられた。無視もできないので振り返る。
「何すか」
「現役が、引退したのに負けてたら、あかんよなあ」
 人の悪そうな笑みは、それこそ白石が現役の頃によく見せていたものだ。財前にとっては、よく見慣れた顔でもある。
「負けませんよ」
「おお、言うなあ。ほな、今度みんなで行くわ」
 そう言って寄こす白石は、すっかり機嫌がよくなったようだった。それを確認して、財前は教室を出る。
 ふと、今日の練習前には全員にこれを告知しようと思いついた。白石がああ言ったからには、近いうちに三年生たちが大挙して押し寄せてくるに違いない。それを迎え撃つには、こちらもそれなりの準備が必要だ。
 予想以上に自分の気持ちも浮き立っていることを自覚して、財前は苦笑する。結局、自分も白石とあまり変わりない。また皆でテニスができるというだけで、こんなに気分が高揚してしまうのだから。

作品名:秋の終わりの風景<四天> 作家名:速水