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人の悩みは色々ある。誰しも分かれ道に出会うと頭を抱えて考えることだろう。
それこそ人の数だけ悩みはあると思う。何の悩みも持たずに生きている人間なんて居るのだろうか？
そう思う反面、大変失礼な話になるのだが、俺は目の前の男には悩みなんて持ってはいないのだと思っていた。
いつも笑っていて楽しそうで、見ている側としては彼の将来が心配になってくるほど幸せそうな人間だった。
今ではそんなことを思っていたことを申し訳なく思う。それくらい、今この場の彼は迷いに迷っていた。
俺は眉間に皺を寄せて唸っている彼を見ながら、缶コーヒーを啜っていた。席は窓際一番後ろ、騒がしい昼休み。
窓の外は快晴で、日差しが暑いくらいだ。ブラックのコーヒーを飲んでいても、平和な昼下がりに欠伸がこぼれる。

「政宗殿･･･某はどうすればいいだろうか」

至極、真面目な声色だった。だけど俺はそんな彼に対して、欠伸を隠すこともしなかった。
もう一度啜ったコーヒーがとても苦かった。ブラックだから当たり前だけど、理由は他にもあると思う。
俺は視線を数十分は悩んでいるだろう幸村から、机の上にある彼の悩みの種に移した。

「･･･あんたってすごい奴だったんだな」

飲み干したコーヒーを机の上に置く。カン！といい音がするようにわざと強めに置いた。
幸村がずうっとにらめっこしていた悩みの種、机の上に置かれた『三色パン』を取り上げてみる。
苦々しくそれを見ていると、大慌てで幸村がそれを奪い返そうと手を伸ばすが、ひらりとかわす。

「か、返してくだされ！」
「こんなん、どの味から食べたって同じじゃねぇか」
「んな！何を申されますか！」

その後は三色パンをどの味から食べるかについて延々と語られたが、9割は聞き流していた。
明らかに窓の外を見て聞いていない俺だったが、幸村はそんなことは気にせず熱く三色パンへの思いを語っていた。
そんなのを俺に語っている暇があるのなら適当にひとつ選んで食べてしまえばいいのに。昼休みだって長くはない。
というか悩むのならそんなパン買うなと言ってやりたい。明日からコンビニの三色パンを販売停止にするべきだ。
でもまぁそんなことをすると幸村をはじめとする全国の三色パンマニアが悲しむので、停止はよくないと思う。
俺だって落ち込む幸村が見たい訳ではない。だからこの三色パンと幸村との膠着状態をどうにかすべきだと感じていた。
とりあえず三色パンを幸村の手に返してから、交渉を試みてみる。

「じゃあ一色食ってやるよ」
「え？」
「そしたら二択になるから選びやすいだろ？」
「なるほど！それは名案ですな！」

･･･どうしよう、本当にこいつ阿呆なのかもしれない。とてもとても心配になった。
あとで幼馴染らしい猿飛とかいう奴に聞いてみるべきだ。“こいつって小さい頃に頭とか打たなかった？”
俺の心配をよそに、幸村はずっと悩んでいたはずの三色パンの袋をいとも簡単に開けてしまった。

「どの味に致しますか？」
「え、あーじゃあ、あんこで･･･」
「では、どうぞ！」

飛び切りの笑顔で差し出されたそれは、三色パンの大事な一色を担っていた、あんこ。
幸村の笑顔があまりにも輝かしいものだったので、ついつい受け取ってしまった。
そして次は残りの二色のどちらから食べるかで悩み始める彼が、俺にはどうしても理解できなかった。
大体、三色パンの何味から食べるという途方もない悩みを持っている時点で、彼の思考についていけない。
人生の転機とも言わんばかりに悩んでいたかと思えば、その転機の一欠けらを俺に譲る始末だ。

「お前、どれも好きだからどれから食べるか悩んでたんじゃないのか？」
「え？そうでござるが･･･」
「俺にあげちまったらこのあんこは確実に食えないぞ、いいのかよ？」

お前これが出世とか生死に関わることとかだったらどうするんだ、お前出世逃すのか、もしくは死ぬのか？
とか、隣のクラスにいる幼馴染らしい猿飛とかいう奴のような小言が出てきそうになった。
･･･あぁ、あいつって苦労してんだな。何だかあいつが口うるさい理由が、今すごく理解できた気がした。
だけど、目の前の幸村のことは全く掴めやしない。するりするりとまるで風のようにかわされている気分だった。
幸村は俺が言ったことに大きな目を数回瞬かせると、内容を理解できたのか、ぱぁっと太陽のように笑う。

「政宗殿に差し上げるのならば、構いませぬ！」

何で？とか、何が？とか、色々浮かんだのだけれどこいつに何を聞いても首を傾げるだけだと思った。
これは幸村にとって迷う必要のない、言ってみれば『当たり前』の選択というやつらしい。
俺に与えるのならば大事なパンの一欠けらを迷いもせず差し出すのだと、彼は胸を張って言ってのける。
このパンが仮にあんたの人生の転機だったらどうするんだ。代わりに出世するのが俺ならそれでいいのか。
それとも俺が死ななければそれでいいとでも言うのかお前は。･･････なんだそれ。ほんとに、声も出ない。
俺は思わず机に突っ伏した。なんかもう、とてもとても心配だ。このことの方がよほど頭を抱えて悩んでしまう。

･･･彼に恋した自分の行く末について。



「政宗殿？どうなされた？」

もう、どうにでもなっちまえ！