だいきらいなきみ
「てめぇ」
「こんな状況だと凄まれても怖くないもんだね」
普段使うものより大振りのナイフが静ちゃんの両手をそれぞれ地面に縫いとめているのを見下ろす。見る人が見たら吐き気くらい催すかもしれない光景だ。それなのに、この男は表情一つ変えない。
知ってたけど、やっぱり化け物だ、こいつ。
ぎらぎらした目で睨まれているのに気づいて、あぁ、と顎を下げた。
「…暴れるのはやめてよ。無茶苦茶な抜き方したら君だって後々辛いだろうしさ。ここまでやるのに、どれだけ苦労したと思ってんの」
「知るか」
「ていうか、痛くないの、それ」
「あぁ？痛いに決まってんだろうが」
不機嫌そうに、言う。
痛いって。痛いの一言で済むもんじゃないはずなんだけどなぁ。どうしたらこいつ死ぬのかな、ほんと。
生物がどうしたら死ぬかなんてそう難しい問題じゃないはずなのに、そんなことを真剣に考えさせられている。意味が解らないよね。
少し思考に沈んだ間にも、静ちゃんが右手を動かそうとしていて、ぎ、ぎ、とナイフが嫌な音を立てた。それで、血が少し出た。それでも静ちゃんはちょっと顔を顰めたくらいで、叫んだり、は、しない。
「…俺さ、」
無様な格好の静ちゃんを見下ろすのをやめて、その傍らに膝をつく。
今にも噛み付いてきそうな顔をする、静ちゃん。噛まれたら骨まで持ってかれそうだ。
「俺ね、人間がだぁいすき」
「あ゛ぁ？」
「でも君のことは嫌いだよ」
だから君に好いてもらおうなんて思わないんだ。
心底不愉快そうな顔をしている静ちゃんの手にそっと触れる。触れると、その眉間に刻まれていた皺がもっともっと深くなった。触るなノミ蟲菌がうつる、とか失礼なことをいろいろ怒鳴り散られたけれど、俺はそんな静ちゃんの顔を見ながら、ナイフと皮膚の間を爪で割って傷口に指を突っ込んだ。
「―――っ！！」
サングラスの向こうの目が見開かれて、押し潰した呻き声をあげる、静ちゃん。
「…へぇ、これは痛いんだ？」
肉があって、骨がある。神経とか血管があって、触れれば血で滑る。当たり前のことが、当たり前にあって、変だな、不思議な感じだ。不思議。違和感。化け物の癖に、どうして俺の好きな人間と造りだけは同じなんだろう。
化け物の癖に。化け物の癖に化け物の癖に化け物の癖に。
ねぇ、なんで俺の大好きな人間なのさ、君は。
「ああ本当に…大っ嫌いだよ」