キス
それでさ、またそいつがさ、とまくし立てる私の言葉は、お嬢様、という彼の言葉によって、鞭のように強く鋭く、ぴしりと遮られてしまった。
あたしは嘉音くんの前では上手に自分を出せなくてどうしても饒舌になる。これをずっと直したいとは思っていたのだけれど、自分でも嘉音くんの前ではどうなっているかわからないし、どうすれば直るのかもわからなかった。ただ、このときのあたしはいらないことばかりを言ってしまうものだから、きっとそれが彼をいらだたせてしまったのだと思って、しまった、やっちゃった、とそう思った。
「ご、ごめん。興味なかったよな」
「いえ、お嬢様」
嘉音くんは、そんなことよりも、と言ってまっすぐに私を見据えた。
「そんなことよりもキスしませんか」
そういった後も、嘉音くんは視線を離してくれなかった。
一瞬、呼吸が止まった。
あたしは言葉を何か続けようと思ったけど、彼の視線が私を射抜くから何もいえなくなった。彼の持つ鋭いその視線は、一種の切実さと、覚悟と、私が何であれ言葉を発すればぷつんと切れてしまうような、そんなもろさのある視線だった。何もしゃべってはいけない。彼が欲しているのは、そんな陳腐な理性じゃない、と反射的に感じた。あたしは彼の露になった感情に、あたし自身の想いで応えたいと思った。彼の熱っぽい鋭い視線は、あたしを貫くというよりもむしろ、胸の内側からじりじりと想いを焦がすような、そんな想いを挑発するような、挑戦的なものだった。
そっと目を閉じた。
あごに指が掛かる瞬間、ひやりとした細い指に、ぴくりと震えてしまった。
ふ、というやさしい笑みを漏らして、嘉音くんは私のおでこに軽く口付けを落とした。そこから瞼、頬、耳、首筋とあらゆるところに彼自身の柔らかな唇をついばむように押し付けた。目をつぶっているから音と感覚しかわからない。でも、あたしにはそれで十分だった。
「お嬢様」
「…はい」
「たくさんキスしましょうか」
「も、もう、言わなくてもいいよ、恥ずかしいだろ」
「僕、ずっとお嬢様にこうしたかったんですよ」
そういってかれはまた私の瞼にキスを降らせた。
「ん…そんなの…知らなかった」
「今日、初めて言いましたから」
今度は唇の端。
「ど、どうして急に」
「我慢がきかなくなりました」
「な…にそれ…んっ」
「お嬢様が、あまりに無邪気ですので」
そして柔らかく唇をついばんだ。
「ん…はあ、くるし…」
「お嬢様、少し、口をあけていただけますか」
「こう?」
少しだけ口を開くと、その隙間からするり、と嘉音くんの舌が入ってきた。初めての感覚に私はなされるがままになるしかなくて、自分の体なのに、自分の知らないものがそこにあるような奇妙さを味わった。でもその奇妙さは私から愛しさを溢れさせるには十分で、これはもしかしたら夢幻なのかもしれないなあなどとぼんやり思ったけど、それでもかまわないぐらい、私は恍惚としていた。幸せだった。
「嘉音くん、んう」
「はい」
「…んっ、あたしどうしたらいい?」
「どう、とは」
「嘉音くんにも…あの、なんていうか…気持ちよくなってほしいなって…」
言葉が情けなく尾を引く。自分が無性に本能的に生きる雌だというのを感じて、恥ずかしくて最後までいえなかったのだ。私は自分の下衆な言葉遣いの失態に黙ってうつむくと、嘉音くんは小さく笑って、お嬢様はそのままで結構ですよと言った。どうしても照れくさくて恥ずかしくてうまくできなかったけど、恍惚としたあたしの頭の中には、嘉音くんの長く揺れる睫毛と、舌の感触だけが明白に残っていて、あたしはこれをしあわせというのだなあと思った。