ひだまり3
「カイト君、そろそろお昼にしましょうか」
「はい」
マスターの言葉に、俺は鍬を置いて、汗を拭いた。
マスターのところにきて、1週間。今日は、マスターが借りている畑を、一緒に手入れした。
マスターは凄い。
俺は、すぐに息が上がってしまうのに、マスターは、淡々と同じペースで作業をして、息を乱さない。
「慣れているだけですよ」と笑うけれど、やっぱり、基礎が違う気がする。
俺も、マスターみたいに体を鍛えたら、もっと歌が上手くなるのかな。
今の時期、昼間は暑いので、皆、お昼は家に帰って休むらしい。
道具を持って、マスターと一緒に、あぜ道を辿る。
「カイト君、川沿いをまわってみませんか?涼しいですよ」
「はい、マスター」
マスターが教えてくれた、「夏の思い出」を一緒に歌いながら、少し遠回りして、川沿いの道に出た。
さらさらと流れる水音と川面を渡る風が、汗に濡れた体を冷やしていく。
「涼しいですね、マスター」
「ええ、とっても気持ちがいいですね」
その時、風の音に交じって、フィーフィーフィーという高い音が聞こえた。
何だろう、鳥?
聞いたことがないけれど、とても綺麗な声。
「マスター、今のは、何の鳴き声ですか?」
鳥の姿を探して、きょろきょろと上を見ていると、
「カイト君、今のはカジカガエルの声だから、そんな上にはいませんよ」
「え?カエルなんですか?」
驚いてマスターの顔を見ると、マスターは、にこにこ笑って、
「そうですよ。河の鹿と書いて、カジカ。鹿の鳴き声に似ているから、だそうです」
「へええ。そうなんですか。マスターは、何でも知ってますね」
「そんなことはないですよ。僕も、最初は鳥だと思いました」
その時、また、フィーフィーフィーとカジカガエルの声が響く。
「すごく綺麗な声ですね。こんな声が出せるなんて、羨ましい」
俺も、こんな風に歌えたらいいのに。
そうしたら、マスターに喜んでもらえるかも。
「僕は、カイト君が羨ましいですよ」
「え?」
驚いてマスターを見ると、マスターはにこにこ笑って、
「カイト君の声は、とても綺麗で伸びがありますし、華やかです。僕は、カイト君の声が、好きですよ」
「えっ、あの、あの」
びっくりしたのと嬉しいのとで、何を言っていいか分からなくなった。
マスターは、にこにこ笑いながら、
「午後から、新しい歌を練習しましょうか。カイト君は、覚えるのが早いですね」
「あっ、はい!あの、お、俺!マスターの声、好きです!!とても綺麗だと思います!!」
艶と深みのある、滑らかな声。豊かな声量と表現力。
どれをとっても、俺には手が届かないくらいなのに。
「ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいです。カイト君と歌うのは、とても楽しいですよ」
「はいっ!俺も楽しいです!マスターと一緒に歌うのが、好きです!!」
「ええ、僕も、カイト君と一緒に歌うのが、好きですよ」
にっこり笑って、マスターが「夏の思い出」を歌い出したので、俺も一緒に歌う。
カジカガエルの鳴き声と、マスターと俺の歌声が混ざり合って、川沿いに響き渡った。
終わり