ある春の日
少しばかり調子に乗りすぎたと後悔した。白石クンはずっと膨れっ面をして流れる景色を眺めている。
大学生になって初めての春休みに免許を取った。免許を取ってまず初めに乗せるなら誰がいいか、悩む間もなく白石クンが浮かんだ。白石クンを乗せるから白色の車にしよう、なんて安直にレンタカーを借りて迎えに行くと、眉間にシワを寄せて心底嫌そうな顔をした。
「レンタカーとか乗りたないねんけど」
どうやら潔癖症の彼は、不特定多数の人間が乗ったであろう車でドライブをするのは好きではないようだ。さすがに返却されれば掃除も除菌もすると思うのだが、納得いかないらしい。オレはまあ乗ってしまえばこっちのもの、と思って無理矢理白石クンを助手席に乗せて冒頭の後悔に至る。言われなくてもシートベルトをつけるってエライ!と冗談交じりに話すと冷たく当たり前やろ、と返される。どこ行きたい?と聞くと自分が誘ったくせに決めてないわけ?とそっぽを向かれる。元々あまり好意的に返事をしてくれることはないが、あまりにも重苦しい空気に少しだけ窓を開けた。風に揺れる白石クンのミルクティー色の髪は相変わらず綺麗だった。
「白石クンの髪は相変わらずキレイだねー」
「前見てくれる?危ないから」
「…はい」
会話もないままひたすら進む車。次第に空気にも慣れ、白石クンの機嫌もよくなってきたように思える。ふと話しかけようとしたが、話題がないことに気づいた。離れている割に頻繁に連絡を取り合うから、近況なんて今更話すこともない。そういう話題のなさというのは幸せだな。思わず顔が緩むと、白石クンは気持ち悪とぼそりと言った。
「何考えてたん?ニヤニヤして」
「なーいしょ」
「ふーん」
「そういえば白石クンは免許取らないの?」
「取らへんよ」
「何で?便利だよ?」
だって、千石クンが乗せてくれるからいらんやん。当たり前のように白石クンが答えてしまうから、びっくりしてハンドルを持つ手が滑りそうになる。それってこの先も一緒にいてくれるってこと?白石クンはさあ?と曖昧に返事をすると、またそっぽを向いた。赤い頬にミルクティー色の髪が映える。ああ、春だなあ。