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Rest in peace.

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いつから、どうして、ここにいるのか。何一つはっきりとした記憶は残っていない。
とある学校の保健室に俺は居る。昼も夜も変わらず、毎日、毎日。
だから嫌でもわかる。同じ制服を着ていてもここの学生たちと俺は違う。
俺はどうやら、もう死んでいるらしい。

がらがら、と扉が開く。音のしたほうを振り返ると女子生徒が二人立っていた。
時間的には確実に授業中のはずだ。彼女たちは小声で話しながら保健室に入った。

「ねぇ、サボるなら別の場所にしようよ、やだよここ」
「なんで、保険医って居なくなったばっかりだから絶対ばれないじゃん?」
「あんただってここの噂ぐらい知ってるでしょ、アタシそういうの嫌なの」
「え~あんなん下らない噂でしょ?学校の怪談的なさぁ」
「でも実際、保険医変わりまくってるし、そういうのあると、余計に気味悪い」

一人の女子生徒はさっさとベッドに腰掛けてくつろぎ始めている。
もう一人は入口付近で立ち止まったまま、そわそわと落ち着きのない様子だ。
少しだけ青ざめている様子がなんだか申し訳ない。他でもない俺のせいなので。
彼女のためにもおとなしくしていたいところなのだが、今は授業中だ。
どんなに面倒でもサボりはよくない。体調不良でもないのならここから出て行くべきだ。
すっかり家気分でリラックスしている女子生徒はついには靴を脱いでベッドに寝転んだ。
投げ出した足部分に俺が座っているなんて、きっと夢にも思わないのだろう。
今の俺はばたつかせた彼女の足に丁度蹴られているような状態だが、
既に人の目にも映らないこの身体に痛みを感じることなどはない。
ただ俺が透き通っているのは人間に対してだけらしく、家具なんかは対象外だ。
だから俺は不本意ながらも彼女たちのためと思い、時々こういうことをする。

ガンッ、

「えっ」

鉄パイプのベッドが大きな音を立てて、少しだけ揺れる。
驚いたのはその上に居た女子生徒のほうだ。音も振動も彼女が直に感じ取ったはずだ。
入口付近にいた子はまた一歩後ろに下がった。青い顔がもはや蒼白である。
今の音が聞き間違いではないことは、ベッドの上にいる子の顔を見ればすぐにわかる。
やれやれ、俺はベッドの脚をもう一度蹴りながらため息をついた。また大きな音がする。

「ちょっと、やだ、冗談でしょ・・・?」

悲鳴でもあげそうな雰囲気になってきた。少しやりすぎたかと思ったその時。
最高のタイミングで入口の扉が開いたので、彼女たちは本気で悲鳴を上げた。
ちなみにこれは俺のせいではない。扉を開けたのは俺でも彼女たちでもない。
今や床に座り込んで頭を抱えて震えている二人の女子生徒を見下ろしていたのは。

「・・・悲鳴上げたいのはこっちなんですけど」

真新しい白衣を纏った、俺の見たことのない新しい保険医だった。



Rest in peace.



悲鳴を聞きつけたのか、近くの教室から教師たちが数人やってきた。
現場に駆け付ければ女子生徒が二人して泣いていて、新任の保険医がそこに居る。
これはだいぶ最悪のシチュエーションと思えたが、保険医はにっこり笑っていた。
訝しげな眼を向ける教師たちの視線も気にしていない様子で、女子生徒に近付いた。

「さて、俺が扉を開けて悲鳴をあげるとはどういうことなのかな?
二人で授業をサボっていて、さらに誰かに見られたくないようなことをしていたのか?
それは違うよね、だったら扉が開いただけで悲鳴なんてあげないよね。
しかも二人して床に座り込んで震えているとか、ちょっと想像できない図だよね。
まるで就任して間もない新しい保険医が女子生徒に何かしでかしたみたいな、
そういう図にさえ見えるって話だ。だけどそれは心外だ、だって俺は何もしていないもの。
真相を知っているのは君たちしか居ないね、さぁ、何があったのか話してごらん?」

この中の何人が男のまくしたてる言葉に耳を傾けて居られただろう。
まだ混乱したままの女子生徒は驚いて涙も引っ込んでいる様子だ。
瞬きを数回繰り返すと、彼女は何とか言葉を取り戻した。

「だ、誰も居ないから、ここでサボろうと思って、来たら、ベッドが勝手に、」
「あぁ、噂のポルターガイスト?それでびっくりして悲鳴上げたの?」

ポルターガイスト、その言葉を聞いて何人かの教師は驚いた顔をさせていた。
そんな顔を確認すると、新任の保険医はにっこりと、傍から見れば爽やかな笑顔を浮かべる。

「いやだなぁ先生方。もはや有名な話ですよ?俺が何も知らないでここへ来たとでも?」

言葉を詰まらせた教師たちを見て、そこまで替えが利かなくなってきたのかと思った。
どうやら俺の噂はかなり広がっているらしく、保険医を探すのも容易ではないらしい。
そしてこの反応をみると、恐らく新任の保険医にそういった話はしていなかったようだ。
そうでもしないと補充がきかないほど、事態は深刻ということか。
まるで他人事のように一連の出来事を眺めているが、俺が原因であることは間違いない。
少なからず罪悪感はあるものの、俺自身どうすればいいかわからない。
何故俺がここに居るのか、その答えは俺でさえ辿り着けていないのだから。
ふう、と小さくため息をついた。

俺の声は誰にも届かない。俺の姿は誰にも見えない。その、はずだった。
ふと保険医がこちらを見た。誰かと目が合うような感覚は、いつ振りだろうか。
一瞬、驚いたが、どうせ自分があの目に映る筈がないことをすぐに思い出す。
じいとその瞳の奥を見ながら、自嘲気味に笑う。
するとどうしたことか。保険医が、ふっと口の端をあげた。

「では、彼女たちは先生方に任せてもいいですか?俺は少し、仕事をしたいので」

相変わらず目は俺に向けたまま、男は不敵に笑う。読めない表情だ。
まだ混乱したままの女子生徒を介抱しながら、教師たちは保健室を去って行った。
ぴしゃりと閉ざされた扉の後、残された二人には静寂が訪れる。
男の目は真っすぐに、一点を見つめている。俺が居る空間、俺の瞳を。

「・・・そんな怯えた顔しないでよ。俺のほうが化け物みたいじゃない」

さらりと、失礼なことを言ってきた。まぁ否定はしないが。
す、とのばされた腕。握手のつもりなのか、何なのか。添えられた笑顔が胡散臭い。
俺の姿は鏡に映らないから、どんな顔なのか見ることはできないけれど。
きっと今はひどい表情を浮かべているのだろうと思うほど、顔の筋肉がひきつる。

「初めまして、君が保健室の幽霊?いや、死神とか呼ばれてるっけ?」

あぁせっかく。言葉を交わせる相手が見つかったというのに。

「俺は折原臨也。今日からここの保険医になる。よろしくね、死神さん」

こんなにも相性が悪いとなると、全く先が思いやられる。
作品名:Rest in peace. 作家名:しつ