secret mind 1
如何にも避けたように飄々とした笑みを浮かべてみせていた。がしかし、今も尚、自分が授業受けていないことでそれも無駄になっただろう。 あの男は感情のセーブができず破壊神の如く暴力を振るいながら、決定的になにかを傷つけることを忌避している、いや寧ろ恐れているといっていい。あれだけの力を持ち、それを振るいながら矛盾したことだ。しかしその対象に自分も入ることが我慢ならない。気遣われている可能性を思うと吐き気がする。
平和島静雄は矛盾だらけだ。そして、だからこそ読めない。
(ああ、くそ……)
シズちゃんに関わると何一つうまくいかない。
計画は全て理不尽な力に破壊される、俺の最大の武器である言葉は彼には通じない。どれだけ手をつくしていると思っているのか、想定外のことばかりだ。だから認められない、一方で、反応が面白く自分から仕掛けることも多々ある。
ただ、今は腹立たしいばかりだった。
計画が流れるのも別にかまわない、また次に仕込めばいいだけだ。しかし自分が自分の本意とは別に動いてしまうのは許せない。
いくらムカついたからと言って二度目の喧嘩をふっかけたのは失敗だった。あんな至近距離、真正面から挑むなんて。
…何故。
何故、あんなことを言ったんだろう―――
「っ、」
なにかが脳裏を駆け抜け、その眩しさに目を瞬いた。宙に投げ出され平衡感覚を失ってしまったかのような心許ない感覚に全身を強ばらせ、抱くように膝を曲げた。
―――閃いた光は、絶望の色だった。
「……はっ、」
有り得ない。と嘲笑した。
腹が疼くが気にならない。押さえていた手を軋むくらい握りしめ目を塞いだ。そうしないと眩しすぎる光に潰れてしまう。ありえない、そう思う反面、臨也はもうわかってしまっていた。
答えははじき出されている。揺らぎようのない答えが。
自分があんなことを口走ったのも、その後の行動も全て説明がつく。
「はっ、あははははっ……!」
(―――なんて、)
「…なんて滑稽な、」
自覚すればいっそう自分の声が虚ろに響く。
腕の下で瞼をあげるがなにも見えはしなかった。
「はは、……っ」
笑いをふいに止めた彼は唇を噛みしめた。きつくきつく、鉄の味が口腔に広がる。
片腕で目を翳し伏せた瞼の裏側を照らす光が煩わしく、誰もみていないことをいいことに自嘲気味に口を歪めた。
そうして、握っていた手を手放した。
*
折原臨也は頭が良かった。
二、三度轟音が響き、飛んできた標識を軽々と交わすと挑戦的に唇を上げ、稀有な色の目で弓を描き振り返った。
「―――君に用はないんだけどな。シズちゃん」
わざとあだ名で呼べば、バーテン服の男は、わかりやすく青筋が浮かび上がる。
「いーざーやぁぁぁっ!!!!」
みしみし、と隣にあった標識を握りつぶすとサングラス越しに苛烈な色を宿した目が臨也を映した。
怒り、殺意、憎悪、それらが混じり合った瞳に射抜かれ、愉快に声をあげる。
そうすると示し合わせたように、その場が戦場になった。
折原臨也は頭が良かった。
―――頭のいい彼は、自分の思いを諦めた。
作品名:secret mind 1 作家名:鏡 花