天上の青
青空に溶け込んでしまいそうな、真っ青な髪の青年が、同じ色の目を俺に向けていた。
ドア越しの対面。俺を不審げな目で見る、VOCALOID。
そりゃそうだろう。この爽やかな空気に似つかわしくない、黒いスーツとネクタイの男が、突然訪問してきたのだから。
「どちら様ですか?」
凛としたよく通る声。流石、歌うことが本業の奴は違う。
俺は、帽子をちょっと持ち上げて、
「初めまして。死神です」
「間に合ってます」
ぱたんと、目の前でドアが閉められた。
ま、予想通りの対応だ。
「それは残念。日を改めて、お伺いします」
俺は、肩を竦めて、その家を辞す。
まあ、いい。目的は、達成できた。
別に、事前訪問する義務はないのだが。
唐突な別れほど、辛いものはない。
あいつに伝われば、それでいい。
ココロを持たされた、ツクリモノのあいつに。
数日後。
澄み渡った青空の下、花束を持った俺は、主の墓の前に佇むVOCALOIDに、声を掛けた。
「失礼。花束を捧げても?」
のろのろと、彼は顔をこちらに向ける。
この空と同じ色の瞳は、澄み渡っているとは言い難い。
「あなたは・・・」
俺は、ちょっと帽子を持ちあげて、
「先日はどうも。死神です」
「・・・笑えない冗談ですね」
「それは残念。お互いが笑えない冗談ほど、たちの悪いものはありませんから」
俺は、身を屈めて、墓石に花束を置いた。
「・・・それで・・・死神が、何の用ですか?」
のろのろと問いかける彼に、俺は体を起して、
「あなたのマスターを、お見送りに」
「葬儀なら、もう済みましたよ」
「体のほうは、ね。ええ。私が見送るのは、魂です」
俺は、彼に向って手を差し出すと、
「さ、これ以上、留めてはいけません。あなたのマスターの為にも」
彼は、二・三歩後ずさる。
俺は、黙って彼を見つめていた。
小鳥のさえずり。虫の羽音。
暖かな日差しが降り注ぎ、優しい風が頬を撫でる。
恐る恐る、彼は両手を差し出した。
手の中に収まる、淡い光。
俺は、安心させるように微笑んで、
「肉体は生者が、魂は死者が送るのが慣例なのですが・・・あなたは、特別扱いにしましょう。そのまま、手を開いて」
彼が、そっと手を開くと、淡い光はふらりと宙に舞い、そのまま消えた。
「あっ」
彼が、行方を捜すように、視線を左右に走らせる。
俺は、黙って空を見上げた。
「・・・・・・・・・・」
彼も気づいたのか、静かに空を見上げる。
どこまでも澄み切った、天上の蒼。
「では、失礼いたします」
俺は帽子を持ちあげて、彼に告げる。
歩き出そうとした時、不意にスーツの裾をつかまれた。
「何か?」
「・・・一緒に、連れて行ってください」
振りむけば、彼が泣きそうな顔で俯いている。
主を失ったVOCALOIDの運命など、所詮そんなもの。
俺は、スーツの裾をつかんでいる彼の手を取ると、
「じゃ、今からお客さん扱いはしないけど、いいか?」
顔を上げた彼は、初めて俺に笑顔を見せた。
「はい、マスター」
俺は、帽子をかぶりなおして、にやりと笑った。
終わり