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悪意

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―――――――――悪意だよ。




イヴァンはそう言って微笑んだ。おれはイヴァンがなにを言っているのか分からなかったけど分からないってことをイヴァンに知られてしまうのがくやしくて、白痴だと思われたくなくて、さも分かったような顔をして神妙に頷いた。イヴァンは微笑んだ。イヴァンが微笑むと背筋がぞくぞくっとする。イヴァンは真っ黒だ。肌の色はこの国の無を表すようにどこまでも白く、こうしている間ですら真っ白な表情をしているというのに、イヴァンの持つ雰囲気全てが黒い。深い井戸の底を覗き込んだような、吸い込まれてしまいそうなぞっと底冷えするような黒さがいつもイヴァンには付きまとっている。


怖い?とイヴァンがやさしい声で言いながら、おれの頬を撫でておれは必死で頷いた。頷く傍から涙が零れてしまいそうな、股間がきゅっと小さくなるような、そんなぞくぞくとしたものが身体を走っていて、鼻から吐き出す息が震える。イヴァンに一言「こわい」もしくは「やめてくれ」って言いたいのに、口にべったりと張られたガムテープのせいでそのたった一言が言えない。本当はイヴァンの膝に縋りついてしまいたいのに、両腕を背中で結ばれて両足まで拘束されて、身動きひとつできない。芋虫のよう。士官学校の倉庫に転がっているマットを思い出す。体術の稽古時に使うマット。重たくて埃っぽくて…。そうやって転がっているおれにイヴァンがひどく優しい目をする。




――――――――愛とか優しさとかじゃないんだ。ただの悪意なんだ。






イヴァンに支えられていた体がイヴァンが離れてしまった事で冷たく床に打ち付けて転がる。ガンッと打った頭がくらくらとする。ううん、ずっと前から、イヴァンが何か難しい話をしている間からもうずっと頭がくらくらとしていて、目がちかちかとする。イヴァンがまたゆっくりと俺を抱き上げて、俺の首に歯を立てていよいよ股間がきゅぅっと縮こまる。イヴァンはしっかり歯を立てる。痛い痛い痛い痛いいいい゛。悲鳴を上げたくて目をカッと見開いたけれど口から出てくる悲鳴はくぐもった息になって声にならない。そうやって痛みに悶えているうちにイヴァンの両手がおれの身体をまさぐっていくとき、ようやくこわい!!という気持ちが爆発しておれはなんども叫んで、生きたまま網の上で火に炙られ、じたばたともんどりうつ海老のように背骨の力で大きく暴れてもがいた。イヴァンはそんなおれを見ながら嬉しそうに笑った。こわい、と脅えながらもイヴァンが笑ったからまあいっかなんて思った俺はきっともうイヴァンの細胞の一部なんだろう。
作品名:悪意 作家名:山田