サロメになれなかった少女
いつの間にこんなもの、被るようになったのと聞くから、不本意ですーと不満げに言った。でもフラン、可愛いと鈴のような声で言うものだから、堕王子グッジョブと心の中で思った。向かい合って座る彼女の、長くなったさらさらの髪に触れながら(ちなみに彼女は嫌がってなどいない)、問いかけた。
「もう、自分の幻覚で内臓作れるようになったんですよねー?」
「うん」
「じゃあ、師匠にこだわる必要ないですよねー。もう師匠に尽くさなくていいんですよー?」
そう言うと、彼女の片方しかない瞳がガラス玉のように透き通った、ように見えた。覗き込むと、ミーがゆらゆらと揺れている。そのくせ、真っ直ぐにミーを射抜いてくるから居心地が悪い。しかし、この瞳は嫌いではない。
「・・・・・・もう解放されたんですよー。自由なんですー。あんなパイナッポーの傍にいることはないんですー」
「あの人の傍にいるのは、私の意志なの。あの人が、お前なんか嫌いだ、顔も見たくないと言うまで、私はあの人の傍にいたいの」
「そんなに師匠のことばかり考えるなんて。師匠はきっと一つの駒としか思ってませんよー」
「そんなこと、わかってる」
「愛してほしいとか思わないんですかー?」
「私は愛してるだけで幸せだから」
儚い花のようだ。どうしてミーは師匠じゃないのだろうと、恨んでも仕方ないことを恨んだ。どうかミーの手を取ってほしい。散ってしまいそうだからどこか遠い場所に連れて行きたいのに、彼女は笑うばかりで決して手を取らない。手を伸ばしても届かない彼女は、少しだけ綺麗な微笑みを歪ませて、でもね、フランと言った。
「骸様は、私の愛さえも目を逸らそうとするの。愛してほしいとは思わない。けれど、愛に触れたことのないあの人に、私の愛に気づいてほしい。どうしたら私の愛に気づいてもらえるか、そればかり考えている。あの人の首を切って、銀の盆に載せて、口付けをしてようやく私の愛に気づいてもらえるかもしれない。そんなことばかり考えてる」
「・・・・・・」
彼女の隠れた想いを聞いて、ぞくりと背筋が凍った気がした。彼女の言葉に誘われて、ミーの頭ではその場面がありありと思い浮ぶ。何も映さない、何も喋らないミー。それに、嬉しそうにキスをする彼女。身体中に駆け巡るのは恐怖ではなく、快感だ。駆け巡った欲望のままに、彼女に近付いてキスをしようとすると、手で優しく止められた。
「だめ、フラン。私の唇は、骸様と言葉を交わすためにあるのだから」
ならば手にしようとすると、やはりだめだと言われる。
「私の手は、骸様の敵を消すためにある。私の足は、骸様の代わりに遠くまで行くためにある。私の心も骸様のためだけにあるの。私の全ては骸様のもの。あなたにはあげれない、フラン」
彼女の白くて滑らかな手が、ミーの顔の輪郭をなぞっていく。まるで、聞き分けの悪い子どもをあやしているようだ。
「・・・・・・でも、どうしてかしら。私の全ては骸様のもの。いつだって骸様のために、腕でも足でも何でも捧げる覚悟はあるのに、一向に骸様は何も言わない。私は必要ないのかもしれない」
そう言う彼女に、なんてこの人は馬鹿なんだろうと思った。師匠が彼女に何も言わないのは、もう彼女を一人の人間として見ているからなのに。そう伝えるのはとてもとても簡単なことだったが、何だか癪に障るので、何も言わないまま彼女の憂いを帯びた綺麗な顔を、穴が開くほどいつまでも見つめていた。
作品名:サロメになれなかった少女 作家名:kuk