二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
たかむらかずとし
たかむらかずとし
novelistID. 16271
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

遠いどこかの6分21秒(10/22更新 静帝短編集)

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 

遠いどこかの6分21秒

 
 
 その映像を初めて見たとき、僕は少年が落ちて行くのだと思った。
 岩と、荒野と、蒼い水。
 駆ける子供たち。
 泣きたくなるような昂揚と共にそらを泳ぐ。
 その少年はためらい、決意し、地面を蹴る。
 身体を丸めて、岬から。
 ───僕は少年が落ちて行くのだと、そう思った。




 こぽこぽ、と湯の湧く音がして、僕は現実に戻ってきた。
 ぱちんと瞬きをすると大きな人がケトルを傾けている。
 ガラスのティーポットの中で茶葉がくるくると舞う。
 美しい飴色がじわりと溶け出す。
 僕はまた瞬きをする。
 雨の音がする。
 大きな人がのっそりとソファへ戻ってくる。
 僕はイヤホンを外した。
「何聞いてたんだ?」
「静雄さん、帰ってたんだ」
 返事になってない、とその人は笑う。目尻に笑い皺ができる。優しい目をしている。
 僕はその睫の辺りをぼんやりと眺めている。
「寝てるみたいだったからよ。…飲むか?」
 ティーポットを目でさして、静雄さんはまた僕から離れる。
 彼が動くと、雨の匂いが香る。
「…また傘をささないで歩いたでしょう」
 それには差したぞ、と返事がある。キッチンの方からくぐもった声で。
 棚の中をのぞいているのだろう。ティーカップはそこにはない。
 引き戸の中だよ、と言うと、静雄さんはそうだったっけ、と呟きながらがさつな音を立てる。
 僕には到底手の届かない引き戸の中をのぞいている。
 かしゃん、ちん、と軽い音がして、静雄さんはあったあったと声をあげた。
「割らないでね」
「割らねえよ」
 さすがに、と返す声が聞こえる。
 カップ2客を片手で掴んで戻ってくる姿には、説得力が全然ない。
 大きな手が意外なほど静かに紅茶を注ぐ。
 少し蒸らし過ぎの紅茶は爽やかというには濃すぎる色をしている。
 静雄さんがん、と手渡してくれるのを受け取って、僕はぼんやりとまた彼を見上げた。
 静雄さんはカップを口に運びながら、僕が横になっていたソファに腰掛ける。僕の足をひょいと持ち上げて、自分の腿の上に置きながら。
 固い腿の上で僕は意味もなく足をばたつかせる。
 静雄さんがカップを持っていない方の手で僕の足首をひとまとめに掴んで笑った。
「暴れんなよ」
「暴れてないですー」
 掌は少し冷たい。
 僕は足の指だけちまちま動かして、紅茶を口に含んだ。
 静雄さんは窓の外を眺めて、それから僕の首に引っかかっているイヤホンを見た。
「で、何聞いてたんだ?」
「気になる?」
 おまえ、すげえ顔してたから。
 静雄さんが言う。僕は少し赤面する。
「どんな顔だよ」
「…このままどっか、」
 ───行けたらいいのに、って顔。
 静雄さんはぽつんと呟いた。
 僕はじっとその横顔を眺めながら、そんな顔をしていた自分を思った。
 蒼い岬に立つ自分を思った。
「…どこも行かないよ」
 それに静雄さんは行かせねえよ、と呟くが、まだ笑わない。薄い唇がきゅっと引き結ばれている。僕は足を静雄さんの腿に乗せたまま、カップをサイドテーブルに乗せて身体を起こす。
 かたくなな横顔にキスをする。
 静雄さんの紅茶の水面にさざなみがたつ。
 腕を回した胸は熱くて、固い。
 白いシャツは煙草と雨の匂いがする。
 僕はそのシャツに唇をつけたまま、遠いどこかの国の6分21秒の話をする。
「男の子がね、落ちるんだって思ったんだ」
「あ?」
 iPodのイヤホンを外して、僕はその曲を再生する。
 静かで微かな音がする。




 子供たち。
 荒涼たる原野。
 冷たく白い空気。
 色のない光。
 目指す場所。
 歩み。
 眠り。
 キス。
 ゆめと、ゆめでないもの。
 駆けて、捨てて、
 ───高揚と、
 かもめと、
 丸められたからだ。




 曲が終わると、静雄さんはふ、と息を吐いて言った。
「変な曲」
 僕は笑う。
 僕は笑って、静雄さんの胸に頬をすり寄せる。
 しなやかな腕が僕を抱く。
「───僕はね、」
「ん」
 低い声が骨を伝って響く。鼓膜に直接触れるような音が心地いい。
「僕は、この曲のPVを初めて見たとき、最後の子は落ちてくんだって思った」
 静雄さんはまた、ん、と呟く。
 僕は訥々とその映像の説明をする。
 そして最後に、少年のすがたを。
「皆が空を泳いで行って、その子だけが岬に立ってる。ためらって、それからかもめが飛んで、その子も跳ぶ。身体を丸めて、笑って、───落ちてく」
 静雄さんの目が僕のつむじを見下ろしている。
「監督は彼も飛んだんだ、って言う。彼も皆と一緒に飛んだんだ、って。でも僕は落ちたと思った」
 僕は言う。
 胸につけた耳から静雄さんの呼吸の音が聞こえる。 
 懐かしく、温かい音が聞こえる。
「身体を丸めて、笑って、飛べるんだと思いながら、落ちてく。───僕は、」
 ───僕みたいだなって、と、口にする前に、靭い指が顎を掴んだ。
 キス。
 紅茶の匂いのする舌がそっと唇を舐めて、離れた。
「ばか」
「…ばかじゃないです」
 反論はまた、キスに溶けた。
 薄い唇が僕を食むのに任せながら、僕はその金髪の向こうに遠いどこかの少年を幻視する。 



 白く灼けた大地と、かもめと、少年のからだ。

 

 静雄さんの背中に腕を回して雨の音を聞きながら、僕は冷めて行く紅茶と、6分21秒を思った。