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distance

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 ふ、と青葉は嗅ぎなれた、慣れたくはなかったにおいに目を覚ました。視界がぼやけているのは目を覚ましたばかりというのが理由だけではないことを青葉は知っている。

「……制服に、においが移ったらどうしてくれる」
「あ、起きた?」
「分かってるなら聞くなよ……」

 青葉の文句をさらっと聞き流した臨也の右手には火のついた煙草があった。ベッドサイドに座る彼の周囲にはうっすらと紫煙が残っている。

「一本だけだし、毎日してる訳じゃないんだから平気だと思うけど。気にし過ぎじゃない?」

 何度言ってもこの態度は変わらない。それでも言わなくなるという事は折れたことのように思えて、青葉も姿勢を崩さなかった。
 今日はこれ以上言い合う気になれなくて、はぁとわざとらしく溜息を吐いてから枕に顔を埋めた。臨也が小さく喉で笑っているのが聞こえたが、こっちはさっきまで痛い思いをしたんだと心の中で毒づくに止める。
 最中に睦言を囁いてくる訳でも、熱を与え生み出すその手つきが優しい訳でもない。受け身となる青葉自身には蹂躙される苦痛しかないというのに、この逢瀬は続いていた。行為の最中、無我夢中になっている自分が臨也を求めているとしたら、それはすごくお互いに滑稽だと声に出さずに苦笑する。
 臨也が長く息を吐いてから灰皿に煙草を押しつけた。それを横目で見た青葉は、消えていく煙を背にして服に袖を通しはじめる。
 それからはお互いに何も話さなかった。話すことがないから当然といえば当然なのだが。

「じゃ、またね」

 部屋を出る前に、必ず臨也がすること。軽く青葉の頬に手を添えて、目尻にキスを一つ落とす。青葉は身体を重ねるだけの関係と割り切っているのに、このせいで距離を測れずにいる。
 視線も言葉も交わさずに外へ出ると、臨也は何もなかったかのようにふらりと人混みに紛れていく。青葉はその背中に一瞥を投げてから、さっさと帰って寝ようと帰路についた。
作品名:distance 作家名:千砂