不変
「あー…平和だなぁ」
善法寺伊作は、そんなことをふと呟いた。
それを耳にした同室の食満留三郎は訝しげな顔をする。
「どうしたんだ、藪から棒に」
今日は休日、授業がない日の昼過ぎでそれぞれ好きなことをしていたときに先程の一言。留三郎は不思議に思った。
「いやー…学園の外では戦が起こっていたり、飢えに苦しんでる人がたくさんいるのは分かってる。薬代や医療費だって高額で、医者に診てもらうことすらできない人だっている」
伊作はわずかに目を伏せた。
彼は六年間、学園で保健委員を務めている。
医療の知識において生徒で彼の右に出る者はいるまい。
「でもさ、僕らのいるこの学園は平和だろう?忍を育成する場だけど…同時に人間を育てる所でもあると思うんだ」
忍は時として冷酷にならなければならない。
迷わず相手の命を絶たねば、自分の命が危うい、そんな世界で生きなければならないのだから。
しかし、他人の命を奪うということは“他人の命を背負う覚悟”が必要だということだ。
そして、その覚悟は人としての情がなければ持ち得ぬものだと彼は言う。
「ちょっと話が逸れちゃったけど…こんな暖かい場所にいる、僕たちの日常は平和だ。平和を知っているからこそ、乱世に終止符を打とうと目指せる…そうは思わないかい?」
留三郎はわずかに目を見開いたがゆっくりと微笑み、ぽん、と伊作の頭に手をおいた。
――この友人が、不運と言われようと忍者に向いていないと言われようと、誰かの幸せを願うことのできる優しい存在だと、彼は知っているのだ。
「そうだな」
友の肯定の言葉に伊作は嬉しそうに次の言葉を紡いだ。
「次々と変化していく世の中だけど、そこに僕たちの“変わらないもの”を残せたら素晴らしいと思うんだ」
変わらぬものを残そう。
そう誓った彼らの元に、団子を手にした同級生たちが訪れるまであとわずか。