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眠り姫はキスだけじゃ目覚めない

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 どうも近頃、鳴海さんに避けられている。しかも性質が悪いことに、ひたすらに会わないよう避けるのではなく、表面上は優しく接してくるのだ。以前なら、どれだけお願いしても作ってきてくれなかったお弁当を作ってくれたり、朝も迎えに行くのを待っていてくれたり。理緒さん辺りに、この話をしたら「すごい進歩じゃないですか!」と、とても驚かれるはずだ。けれど、一緒にいる時間が確実に減っている。放課後、目的も無く同じ時間を過ごすことがなくなった。多分、本人にこのことを言ったら、火澄さんにあちこち引っ張りまわされているから、仕方がないと答えるだろう。そのことは確かに事実であるのだけれど、用事があるときにしか部室に立ち寄らなくなったことも、また事実である。
 だから、今もこうして校内を探し回っている。鳴海さんが避けようとするのなら、私はただ追いかけるだけ。どうして私を避けようとするのかも分からないのに、ただじっと考えて待っているだけだなんて、私には出来ない。しようとも思わない。そんな人間だからこそ、今、私はこうやって鳴海さんの比較的近い場所にいるのだ。
「やっと見つけた。」
 学園中をあちこち歩き回り、屋上で鳴海さんを見つけることができた。ここがお気に入りの場所だということは分かっていたので最初に見に来たのだが、そのときはまだいなかった。すれ違いになってしまっていたらしい。ひょっとすると私が探しに来るのを分かっていて、物陰で隠れていたのかもしれない。
 こんな考えがすぐに浮かんだ自分が可笑しくて、くすりと笑ってしまった。ちょっと前の私なら、素直にすれ違いになってしまったのだと考え、疑うことはしなかっただろう。私は鳴海さんだけが避けているかのように感じていたが、実際のところは私も同じように避けているのではないだろうか。これ以上近づいて、傷つき、傷つけてしまうことがないように。
 鳴海さんはベンチの上で、顔の上に雑誌を広げたまま載せて寝ている。私はそっと近寄ると、その雑誌を取った。気がついて、目を覚ますかと期待していたのだが、小さな寝息が聞こえてくるだけで、起きる気配は全く感じられなかった。起こすのがためらわれてしまうほど、気持ちよさそうに眠っている。仕方がないので隣のベンチに座り、鳴海さんが自然に起きるのを待つことにした。

 雑誌に目を通しながら、時折鳴海さんのほうへ目をやるが、一向に目覚める気配は無い。すやすやと眠る鳴海さんを見ていたら、幼いころに読んだ童話を思い出した。初めて買ってもらった、眠り姫の絵本。幼いながらに、眠り姫が王子様のキスで目を覚ますシーンには胸を高鳴らせていたのを覚えている。そういえば、眠り姫だけでなく白雪姫も王子様のキスで生き返ったはずだ。
 彼女たちはキスされただけでは目覚めなかっただろう。そこに王子からの溢れんばかりの愛があったからこそ、目覚めたはずだ。だから、今私がキスをしても、きっと鳴海さんは目を覚まさない。でも、逆に言えば。
「私のキスで目覚めたら、私の愛は本物…?」
 結果なんて分かっているけれど、それでも試してみたくなった。私自身が気づかないうちに、愛が育っているかもしれない。そんな期待が芽生えてしまった。だから、ゆっくりと近づき、静かに触れるキスをした。
 キスをするときと同じようにゆっくりと顔をあげて、鳴海さんが目を開けるのを待った。けれど、規則正しい寝息の音が続くだけだった。私のキスでは、この眠り姫を目覚めさせることが出来なかった。
「やっぱり駄目なんですね。」
 姫を目覚めさせることが出来ない王子なんて、物語には必要ない。だから、私は潔くこの場面から退場することにした。


 扉が閉まる大きな音を確認すると、歩はゆっくりと目を開けた。唇には、まだ確かにキスの感触が残っている。それだけではない。ひよのの言葉もまた、歩の耳に残って離れなかった。
『私のキスで目覚めたら、私の愛は本物…?』

「そんなこと言われたら、起きられるはずないだろ。」
 歩は広がる青空をじっと見つめると、また目を閉じた。