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一寸の途惑い

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目の前には、亜麻色の髪をさらりと流れるまま頬に掛けすやすやと心地良さそうに眠る男の姿。人気のない場所で大木の幹に身体を預け、隠れるように沖田は寝息を立てている。

10月となれば昼間でも吹く風はひんやりと肌を冷やすと言うのに。
無防備過ぎる、と斎藤は沖田の寝姿に呆れ気味に双眸を細めた。しかし、余程疲れているのだろう。自分が近付いた気配に気付くでもなく、未だに夢の中から帰って来はしない。
起こすか放っておくか少し迷った挙句、斎藤は沖田を起こそうと傍らへ膝をつきしゃがみ込んだ。

「起き……」

風がさらりと沖田の髪を揺らし、髪の隙間から覗く長い睫毛が斎藤の瞳に映る。
初めて、見た。と、斎藤は一瞬にして紡ぎかけていた言葉を失った。
正確には初めてではないが、二人が顔を突き合わせるのはその殆どが夜だ。細部までは照らす事の出来ない明りの中、睫毛の長さなど確認する術はない。
いや、確認する余裕がない、と言った方が正確なのかもしれない。
自分を慈しむような瞳で見下ろしてくる男の顔を、斎藤は肉体的に受け入れる事に精一杯で、顔を直視する余裕が未だに持てないのだ。
木漏れ日の下、瞼を落とした沖田の顔を斎藤は口を結んだまま見つめていた。鼻筋の通った、端整な顔立ちをしていると、改めて思う。
なぜ、俺なのだろう…そんな疑問と共に、この男が自分を選んだのだと言う事実に少しの幸福を感じた。

…そう言えば。

「しとやかな女もいいが、積極的な女もいいよな。グッとくるっつーかさ」

先日、隊士が話しているのを聞いた。それはあくまで「女」に対しての言葉であって、「男」である自分に向けられたものではない。
その事を勿論理解はしているのだが、同時に自分が沖田に対してあまり積極的でない事もよく理解していた。
沖田の傍にいるのが嫌などと言う訳ではなく、自分からどう沖田に接していけばいいのか分からないのだ。
服を脱ぎ誘う…そんな事、できるはずもない。考えれば考える程深みにはまり、結局は沖田が向けてくれる優しさに甘えている。

積極的に。…どうすればいいのだろう。
眼前にある沖田の顔を見つめながら、斎藤はひとつだけ自ら行動してみようとぐっと身体を近付けた。
眠っている今なら、沖田は気付かない。起こさぬよう、ほんの僅かな物音すらも立てぬよう、慎重に慎重に顔を近付ける。
秋の柔らかな日差しに照らされた沖田の顔が、どんどん近付く。沸いてくる躊躇いに一瞬動きを止めるが、またゆっくりと顔を近付けた。
互いの髪がふわりと重なり合う距離で、斎藤は軽く瞼を伏せた。薄い茶色の長い睫毛がすぐ目の前にある。



――唇が触れ合うまで、あと、少し。


…なのだが、あと3cmがどうしても進めない。
自分に対し冷静を装ったが、胸に収まっている心臓は己の耳にまで激しい鼓動を送りつけてくる。自分が極めて緊張しているのだと認めてしまえば、引きさがるのは容易かった。
近付いた時と同じようにゆっくり、物音を立てぬように身を引くと、着物の裾についた葉屑をその場で払う事もせずに立ち上がった。
やはり口付けなくて良かったと、斎藤は短く吐息を吐きだした。万が一にでも瞳を開けられたら、きっと自分の顔が紅潮しているのが一目で分かってしまっただろう。そんな事になれば、揶揄されるのが分かり切っている。
皆の所に戻るのは心の鼓動が治まってからだと自分に念を押し、斎藤は黒い着物の裾を揺らしつつその場を去った。




背後で、沖田の唇が『ざ ん ね ん』と声無き言葉を紡ぎ、弧を描いたのを知らずに。
作品名:一寸の途惑い 作家名:香 雨水