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もしお互いに一番腐ってた時期の音無と日向が同級生だったら

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テスト勉強付き合ってくれよ。

 二週間ぶりだろうか、気紛れに学校に行った音無に突然声を掛けてきたのは青い髪をしたひょろ長い男だった。正確に表現するならば彼は決して「ひょろ長い」体型ではない。むしろスポーツマンといった単語がよく似合うしっかりとした骨格の持ち主だろう。しかし今の彼の醸し出す雰囲気からそのような印象は伺えない。

 音無は彼に見覚えがあった。普通に生活していれば当たり前の光景も、稀にしか登校しない音無にとっては深く記憶に残っている。
 その日、彼はうだるような暑さの中グラウンドに立っていた。太陽の光を浴びたその髪は空を反射する海のように眩しかった。仲間と笑い合ういかにも青春といった姿に、漠然と「ああ、自分とは違う世界の住人なのだ」と頭の片隅で呟いたのを覚えている。

 確か名前は、
「……日向?」
「そうだよ。何だよクラスメイトの名前くらいはっきり言えよ音無」
 問いかけるように発した音無に、日向はへらへらと笑いながら答えた。伸びた髪のせいなのだろうか。あの時見た人好きする笑顔とは別人のもののようで、妙な違和感を覚えた。どうにも頭にも靄が掛かって、思わずこくりと頷いた。
 それが確か十分ほど前。

「お前学校来ないくせに頭良いよな」
 教室の隅、グラウンドに面した窓際の一番後ろに座った日向は、特に勉強するといった素振りを見せることなく教科書をペラペラと意味もなく捲りながら言った。どうやら前回のテストで結果をチラリと見ていたらしい。自分は彼の事をほとんど知らないのに、一方的にこちらの事を知られているのが釈然としない。
「勉強すんじゃないのか」
 話し相手が欲しいなら他を探せ、と音無は言い捨てて立ち上がろうとした。
 そもそも特にこの男に感心があった訳ではない。たまたま今日学校に来て、たまたま顔見知りに声を掛けられ、たまたまこの後の用事もなかった。偶然と気紛れに任せて日向の前の席に座っただけ。仲良くここにいる義理もないだろうと、鞄を肩に掛け教室を出ようとする。
 ガタッ。
 しかしそれは彼の骨ばった手によって阻まれた。
「良いじゃん、もうちょっと付き合えよ」
 手首を掴んだ手は冷たかった。
 思いがけない行動に、思わず彼の顔を凝視した。口元では先程のように笑おうとしているが、澱んだ瞳は明らかにが行くなと訴え揺らいでいた。
 窓ガラスを透る光があの時のように髪を照らす。ぐっと息を止め溜め息を吐くと、音無は不機嫌そうに再び椅子に腰を落とした。自分でも何故ここに留まる気になったのか、何故腹の辺りがむずむずするのか分からないまま。
「手」
 目を丸くする日向に視線で訴える。
 悪い、と言いながら慌てた様子で手を離された。自分で離せと言っておきながら、いざ手の感触がなくなるとどことなく寂しい気がした。そんな自分に気付かないふりをして、音無は先程から持っていた疑問を投げかけた。
「何で俺なわけ」
 この男と個人的に付き合いがあった訳ではない。特に親しい友人もいない自分とは違い、日向は部活仲間や仲の良いクラスメイトがいるだろう。何故わざわざ自分を呼び止めたのだろうか。
 ただそれだけの質問だったのだが、日向は暫く戸惑ったように目を泳がせた。そして諦めたような笑顔を浮かべながら答えた。
「俺とお前、同じ気がしたから」
 それだけ言うと日向は窓の向こう、グラウンドを眺めたまま黙り込んだ。何が同じだと言うのか、自分とお前はむしろ正反対ではないか。そう続けてやろうかと思ったが、黙りこむ日向にこれ以上の問いは無意味だろうと、浮かんだ言葉を飲み込んだ。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。日向は相変わらずグラウンドを眺め続け、音無はグラウンドと揺れるカーテンを交互に見つめていた。
 そろそろ空が赤く染まる。いい加減に帰ってやろうかと、日向の方に目を向ける。いつの間にか日向は真っ直ぐ音無の方を見ていた。思わず息を飲んだ音無に、日向は再びへらへらとした笑顔で言い放った。
「お前の目、死にかけた魚みたいだな」
 ああ、この目が違うのだ。
 漸く音無は先程感じた違和感の正体に気が付いた。あの時見た太陽の下の日向は、髪同様にその瞳も光に溢れていた。自分とは対局の瞳をしていたのだ。
 今はどうだろう。濁った瞳はまるで、
「じゃあお前のはヘドロの沈んだ海だな」
 言葉とは裏腹に音無の声は優しかった。先程の「同じ」とはそういう事だったのだ。光のない瞳は疲れきっていた。
 音無の言葉に日向は自嘲するように口を歪めた。

「お前、俺ん中で泳げるか?」
「綺麗な海なら泳ぎたいかな」