【新刊サンプル】ずっと言えなかったこと【腐向APH・普独】
俺と兄さんは、俺が小さい頃から二人で暮らしていた。昔はよく面倒をみてくれたし、俺にとっては優しい兄で、大切な家族だった。そして兄さんも、俺の事を可愛がってくれていたし、大事にしてくれていたと思う。
だから俺達は、周りからも仲の良い兄弟だと言われていたし、自分でもそう思っていた。兄さんがW学園に入って二年経ち、俺もW学園に入った。それから数ヶ月だ。お互い別々の友人もいるから、以前よりは一緒に過ごす時間も少なくなったけれど。だからといって、俺達の関係は変わらなかった。兄さんに彼女が出来た時でさえ、そうだった。(数ヶ月という短い期間だったが…そしてそれは二度程あった)
けれど、ずっと変わらないと思っていた関係は、唐突に、意外な程あっさりと崩れてしまったのだ。
**************************
入り口からは離れた窓際の方で、机に腰掛けた兄であるギルベルトと、向かい合うように後ろ向きで椅子に座り、背もたれに腕を乗せているその友人のアントーニョ。他の生徒の姿は無く、二人きりだ。もう一人、いつも一緒にいるフランシスの姿は見えないが、彼は生徒会の副会長でもあるし、常に一緒に居るというわけでもないのだろう。
二人で何を話しているのかは知らないが、出掛けるのだから一言伝えておいた方が良いだろうか。声を掛けようかとした瞬間、耳に入ったのは叫ぶようなギルベルトの言葉だった。
「もう、限界なんだ! 耐えらんねぇ……家に帰りたくない!」
(……え?)
『カエリタクナイ』……? その言葉の意味が理解出来ず、ルートヴィッヒはその場で立ちすくんだ。
兄さんは、今、なんと言った?
頭の中で反芻する言葉はすんなりと溶け込まず、強烈な違和感を産んだ。単なる聞き間違いなのだと、そう思った――いや、思いたかった。
目の前の光景は兄とその友人がただ話をしているという、ありふれたもののはずなのに、瞬時に現実味を失って、混乱する。
その場に縫い止められたかのように身体が動かない。動けない。一体、何が起きている?理解が出来ない。ただ口元だけが引き攣った笑みを形作った。
ルートヴィッヒがそこに居る事など知る由も無く、ギルベルトは更に続けた。頭を抱えて、心の奥底から絞り出すような声で。
「どうしたらいいのか分かんねぇよ。苦しいんだ! あいつと一緒にいると、息が詰まる……」
「……ギル」
ギルベルトの顔は、ここからでは死角になっていて見えない。見えたのは心配と戸惑いを滲ませたアントーニョの表情だけ……いや、兄の顔など見ずとも、声の調子や仕草から、今の言葉が本心で告げられた物であることは疑いようもない。
どうしてそんな事を。
兄さんは、俺と一緒には居たくないというのか。
*
「言いたい事があるならはっきり言えよ!」
引き止めようと掴まれた腕を、ルートヴィッヒは勢い良く振り解いた。
「離せ!」
ギルベルトの赤い瞳が、驚愕に見開かれる。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに鋭く細められた。
「何す……」
「今まで通りでなどいられるわけがないだろう!」
鼓膜を震わせるような低い怒声が響き渡る。その剣幕に気押されたのか、ギルベルトは言葉を飲み込んだ。
*********************
「そういえば今年の生徒会主催イベントは凄いらしいですね。なんでも、体育館にステージを用意してのチームバトルだとか」
*
「珍しいね、ルート達が喧嘩するなんて。せっかく学園祭前なのにー」
*
「あぁ、ね。公にはしてないんだけど、あのイベントには裏があってね……はっきり言っちゃえば、俺達の権力争いって所かな」
*
「……つまり、お前の駒になれと」
*
「なぁ、ギルベルト。俺のチームに入れよ」
*
「……ま、良いけどよ。丁度暴れたかった事だしな」
*
「ははは、ヒーローがそう簡単に負けると思うかい?」
*
「じゃあ決まりだね。僕も楽しみにしてるよ」
*
*
*
「はっ、お前とこんな所でやりあう事になるとはな」
「俺は負けるつもりはない」
作品名:【新刊サンプル】ずっと言えなかったこと【腐向APH・普独】 作家名:片桐.