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探偵と助手

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「君ともあろう人物が愛する弟のために手を汚すなんて、俺には理解に苦しむよ。それでも弟くんの心は微塵も動かせなかった。せっかく、自分の立場なんていう代償を払ったのにねぇ」
「黙りなさい!」それは初めて聞いた、矢霧波江の感情的な怒声だった。
「あんたが何を知ってるっていうの?!弟を、誠二の事を気安く語らないで!」
 整った顔のせいか、臨也さんの相手に向ける微笑は氷のように冷ややかだった。哄笑が空気を震わせる。
「あははは、これは失敬。いやいや、実に面白いものを見せてもらったよ、ありがとう波江さん!でも君にもう旨みはない。この帝人くんに破れて退場だ。よかったね、この子が正義感溢れる目立ちたがり屋じゃなくってさ!」
 臨也さんの言うとおり、波江さんが僕らの推理は正しかったと認めたのを見て、すっかり満足していた僕に、警察やメディアに告発する気なんてこれっぽっちも無かった。というか、慣れない大舞台での仕事を終えて、緊張の糸が切れた僕の頭はまるで使いものにならなかった。
 僕たちにもう用はない。後ろから僕の肩を抱いて退出を促した臨也さんは、去り際、首だけをひねって振り返りながら言った。
「君が隠し持っていたアレ、今は俺が保管させてもらってるから。俺にも必要ないものだから、時期を見て元の持ち主に返そうと思うんだけど、どうかな?」
 矢霧波江は絶句していた。ようやく僕も気づいた。臨也さんは独自のルートから、あの盗まれた宝石を確保していたのだと。
 また連絡するよとだけ言って、臨也さんは振り返ることもなく、僕たちは矢霧製薬の本社ビルを後にした。
 その時にはもう、ほとんど全部の準備が整っていたんだろう。高級マンションの一角でOA機器が静かに出番を待っていた。自宅でもあるこの部屋に、臨也さんは僕をいざなった。
「ねえ帝人くん、俺たちふたりで、今日みたいな事をやってみない?」
「え?」
「俺が情報を集めて、君が思考作業をする。君だけじゃない、チャットルームの有志を募って推論を組み立てるんだ」
「む、無理ですよそんなの!」
 急に何を言い出すのかこの人は!
「俺には情報網がある。でも、真実を導き出すという目的のためだけに動く気は、あまりない。興味が乗らない限りはね。その点、君はお誂え向きなんだよ」
 臨也さんは言う。ブレインストーミングの精度は馬鹿にできないよ、と。
 僕たちは犯罪捜査のシロウトだけれど、チャット仲間は大人から学生、いろんな職に就いている人が参加している。その道の専門家が自分の分野の知識を分けてくれた。奇抜で斬新でハチャメチャなアイデアを混ぜ合わせて擦り合わせて、結果僕たちは推理を完成させたのだから。
 矢霧製薬の役員室にあったみたいな飴色の重厚な机の向こう、座り心地のよさそうな椅子にゆったりと背を預け、手すりに肘を突いて、臨也さんは指を組み合わせた。どこか尊大な態度がむしろ、臨也さんに似合っている。
「君にはまだ社会的立場なんて無いだろう?俺だってまだまだ子どもだけど、でも君よりかは発言力がある。俺は君に謎と情報を提供しよう。俺も思考はするけども、基本的には君に任せてみよう。そして俺が、君の代弁者となって推論を語るんだ」
 僕はソファから立ち上がって、ふらりふらりと臨也さんに近寄った。まるで花の蜜にひかれる虫みたいに。
 臨也さんの語るそれは、とても魅力的な申し出だった。こんな高揚感、普通に生きていればまず、二度と出会えない。しかも僕は助手として現場に乗りこんで、一緒に事件が解決する様を味わっていいの?僕よりはるかに口が上手い臨也さんなら、惚れ惚れするくらい鮮やかな活劇を見せてくれるはず。だから。
「僕で、よければ」
 指をほどいて、僕の頬に差し伸べる。いかにも大人の男の人、の手に捕らわれて、僕はこくりと喉を鳴らした。紅い瞳が僕を見つめている。薄い唇が、きゅっと笑みの形を結んだ。
「最初にチャットルームで君を見かけた時から、この計画を立ててたんだ。ねえ帝人くん」
 僕が首を縦に振ったのは、その誘いが魅力的だったからか、それとも臨也さんに誘われた、その事実が嬉しかったからか、分からない。ひとつ確実なのは、このミステリアスな人に僕が惹かれていたということだ。
「一緒に楽しいこと、しようよ」
 言い方がいかがわしいですよ臨也さん。ああもう、そんな楽しそうな顔をして。無邪気な表情とは裏腹に、怜悧な笑みから滲む色香に中てられた。
「俺だってね、楽しかったよ。さっきも今も君、本当にイイ顔してるんだから」
 風邪を引いて高熱を出した時を思い出すような、熱にまだ身体が支配されている。妙にふわふわとぼけた視界に、ぐいっと引き寄せられて臨也さんの顔が近づいて。
 ――おいしそうな顔しちゃってさ
 とんでもない呟きと一緒に、ぷちゅっ、とキスをされた。
「っ?!」
「よろしくね、帝人くん」





 春になって、僕は高校入学と共に上京した。最初は下宿を借りて、学校が終われば臨也さんの事務所に入り浸っていたのだけれど、「不便でしょ、うちへおいで」の一言で、僕の居候生活が決まった。

 臨也さんは探偵の皮を被ったニセモノで。
 僕は子どもで助手業務は他の人にまかせっきりの半人前。
 紛い物同士の探偵と助手で、案外うまくやっている。

「ねぇねぇ帝人くん、暇」
「それ言ってこの間、波江さんに睨まれたでしょ!」
 忙しい時に限って、臨也さんは僕に絡んでくる。さっき、探偵業の依頼を受けたばかりなのに。僕は依頼人から預かった資料とにらめっこしながら返事する。
「いいじゃんそんな依頼、キャンセルしちゃいなよ」
「駄目ですってば!迷い猫探しだって大事な仕事ですよ」
「えー」
 えーじゃないでしょ、えーじゃ。どうしようかな、チラシ作ったら案外すぐに迷い猫発見の連絡が入ったりしないだろうか。マッキントッシュを見つめて思案していた僕の思惑に気づいた臨也さんは、やれやれと首を振って、手元のパソコンをカタカタといじり始めた。
 やれやれ。臨也さんの情報網を駆使すれば、すぐに迷い猫は見つかるだろう。
 情報機器を操って、割と真面目な顔で仕事(その内容が迷い猫探しってのも少々気が抜けるが)を始めた臨也さんにうっかり見惚れてしまう。
 僕の同居人は、裏社会に通じている私立探偵だなんていっぷう変わった人物だけれど、とびっきり魅力的で、どこか背徳的なにおいをまとっている。謎解きの虜、みたいなポーズを取ってるけれど、臨也さんなら僕が本当は何に骨抜きにされているか、分かっているはず。
「見つけたよ、うちの近所の老夫婦が保護してるってさ」
「早っ!」――願わくばその本気をひねくれずに発揮してくれれば!
「そうと分かればとっとと仕事終わらせて、今日は店じまいにするよ」
「はいはい」
 帝人くんと水入らずの夜ー、何しよっかなーなんて不穏な事をのたまう臨也さんについていく。この人に振り回されるのも案外悪くない、とか思っている辺り、僕もどうしようもない。
 だって仕方ないじゃない。僕を一番わくわくさせてくれるのは、他でもない臨也さんなんだから。




End.
作品名:探偵と助手 作家名:美緒