お前だけ。
政宗はただ静かにそう呟くように、名前を呼んだ。隣にいる男が「はい」と重低音の声で返事をする。
「…遅いんだよ、てめェは」
「すみませぬ、政宗様」
小十郎は政宗に向き直り、ぐっと身を屈めた。
地面に片膝をついて、頭を垂れながら、切々とした声で、詫びる。
「…あのような、失態を。…貴方様の背中に、傷をつけてしまいました」
「HA…。これは俺の不注意だァ。お前には関係無い」
「いえ。そのようなことはありませぬ。私が、…私は政宗様の右目としての、役目を果たせませんでした」
申し訳ありません、と深深と頭を下げる。
そんな小十郎を、政宗はどこか悲しげに見つめた。
「…Hi、小十郎。お前は何か勘違いしてねェか」
「…勘違い、ですか?」
「あぁ」
小十郎は困惑したように、その凛々しい眉を寄せて、政宗を見る。
「俺は、お前が右目だと思ったことは無い」
政宗は淡々と話し出した。
「…お前は、そんなちっぽけな存在じゃないんだ。小十郎」
「政宗様…」
小十郎は掠れたような声で、ようようそれだけを口にする。政宗は、兜を外して、軽く頭を振った。
「…安心して背中預けられんのも、軽口叩くのも、笑い合うのも、怒鳴り合うのも。小十郎しかいないのさ」
「っ…」
言葉を本格的に詰まらせた小十郎に、政宗は優しく笑いかけた。
長めの髪が、さらりと頬にかかる。涼しい目元を細めて、小十郎に手を伸ばす。
「…小十郎。お前は。お前の気持ちが知りたい」
「私…は…」
政宗は無理矢理に小十郎を立たせる。政宗より少し高い位置にある、鋭い瞳が、幾分戸惑いに揺れていた。
「…私もです、政宗様。私には貴方様だけだ。貴方以外についてゆこうなどと、思ったことはありません」
「…竹中半兵衛にもか?」
少し語尾を上げて、政宗はからかうように言った。
それが分かった小十郎は、まだまだ幼い独占欲を見せてくる政宗に余裕を取り戻して、ニコリと笑う。
「さぁ。どう思われますか」
「…お前は大概意地が悪い」
「政宗様がそれをおっしゃりますか」
小十郎が破顔すると、政宗もつられて笑った。
「なぁ、小十郎。こういう時、何て言ったら良いか、教えてやろうか?」
「こういう時、でございますか?」
そうだ、と政宗は頷く。
小十郎は少し思案してから
「分かりませぬね。政宗様はご存じで?」
「もちろん」
政宗はくくっと喉を鳴らした。小十郎は興味を引かれたように、尋ねる。
「如何様なものでしょう」
政宗は悪戯っぽく、瞳をくりんと動かして。
小十郎の耳元に口を寄せた。そして、囁く。
「I love you…」
「…どのような、意味で?」
いやに艶を含んだその声に、小十郎は内心慌てた。
政宗は計算通りとばかりに、妖艶に微笑んで。
「知りたいか?」
「はい」
「…こういうことさ」
不意に政宗の腕が伸びて、小十郎の胸元を掴み。
そのまま自分の方へと勢い良く引っ張る。
政宗の形の良い唇が、小十郎の頬を捉える。
「っ!?」
「…愛してんぜ、小十郎」
素早く身を離すと政宗は、ひらりと手を翻し。
滅多に見られないような、満面の笑顔を浮かべた。
「…」
小十郎は不覚にも顔を赤くして。
それでもやられっぱなしは癪に障るので。
「私も愛していますよ、政宗様」
言うなり、政宗を正面から抱き寄せた。
声も無かった政宗だったが、暫くして肩を震わせる。
「…おかえり、小十郎…」
「ただいま、帰りました。政宗様…」
二人はそう言い合い、更に強く強く、抱き合った。
終