二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

手(て)

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「おい」

 飛んできた低い声に振り返る。先ほどまで先陣切って敵を蹴散らしていた男が、そこに居た。月の前立てが付いた兜はない。用心のためか帯刀はしているが、武装は解いているようだった。

「どうした?何かあったか?」

 その声があまりにも不機嫌を露呈したもので、家康は内心ドキリとした。三成と戦う。その目的が一致しているからこそ、こうして同盟を組んでくれてはいるが、もともと馴れ合いを好まない人物である。いつ不興を買って、同盟破棄を言われるか分かったものじゃない。政宗は苛々とした様子で、煩わしそうに左目を閉じ、明らかな舌打ちを漏らした。

「…………来い」

 と、ドスの効いた声で言って、背を向けた。『わし、何かした!?』と騒ぎたくなるのをぐっと堪え、その後に続く。不安を抱く心中を悟られないように、ゆっくりと、堂々と、戦後の始末に追われる兵士達の間を通った。やがて政宗は陣の中を突っ切り、人気のないところまで家康を誘導した。周囲に敵味方合わせて誰も居ないのを確認して、政宗はやっと足を止める。そして、手近にあった岩に腰を下ろした。
 一体何を言われるのやら。所在無く視線を動かしてしまいそうになるのをまたぐっと堪えて、その無表情を注視する。政宗は立ったままの家康の手前、足を組んで、家康の顔を見つめ返した。しばらく無言の対峙が続けて、やっと彼は口を開いた。

「手、出せ」

 ぞんざいな命令口調には、抗いがたい威圧感があった。戦時よりよく見えるはずの顔からは何も読み取れなくて、家康は大人しくその指示に従う。

「こうか?」
「No kidding!……分かってんだろ、逆だ」

 確信を持った言い方に、家康はようやく虚勢を諦めた。差し出した方の左手ではなく、背に自然と隠すように置いていた右手を見せる。武装を解かずまだ金属板に覆われたままの手を、政宗は自分の方へと引き寄せた。当然、家康も引き寄せられてたたらを踏んだ。政宗は家康の鉄甲を解いていく。逃げようにも、手首を掴んだ政宗の指は、ぎりぎりと肉に食い込んでいた。何故か、明らかな怒気を孕んで。

「…………酷ェ有様だな」

 武装を解いた政宗は手甲をしていない。骨ばった生身の指が、家康の右手を揶揄するように撫でた。武器を捨てて長い手は、骨が変形し、擦過傷が何度も塞がっては抉れ、浅黒い肌を晒していた。しかもそこに、今日受けた刀傷と、拳を振るい続けた傷が加わって、血糊がこびり付いている。とても見て、気持ちのいいものではなかった。

「アンタは……武力が嫌で、武器を捨てたんだったか」
「………ああ。しかし、矛盾しているのは、分かっている」

 武器を捨てたところで、自分は人を殺しもするし、自軍は武器を捨てていない。武力、そのものだ。事実は変わらないし、絆による繋がりを軸に考えているとはいっても、この同盟も武力の塊であることも確かだ。それでも家康に、この信念を変えるつもりはなかった。また、自分の信念を疑うこともなかった。絆の力が武力を消し、平和を齎す。家康はそう強く信じている。
 しばらくまた無言の対峙を続けて、張り詰めた空気を一拭するように、政宗は溜め息をついた。

「…………ま、アンタの得物云々は、この際どうでもいい。オレが言いたいのは」

 つんつん、と捲れた皮を突かれて、ぴりりと痛みが走った。思わず寄せた眉間を、政宗の三白眼が睨み上げる。

「過ぎたやせ我慢は、不安を招くっつーことだ」

 どき、と言い当てられて胸が痛む。
 やせ我慢、をしているつもりはなかった。だが確かに昔に比べて、そのままの感情を表へ出すのは自粛するよう心がけてきた。そのことが『やせ我慢』に見えて、士気に関わるようなことになっていたとしたら。

「……すまん。皆を不安にさせるつもりでは……」
「やっぱり、分かってねーな」

 呆れたように政宗は再び溜め息を着いて。
 眼光鋭く、人差し指を家康に突きつけた。

「いいか。折角ウチはpolicy曲げて馴れ合いしてんだ。絆、絆っつんなら、遠慮してんじゃねェ。You see?」
「ぽ、ぽり……ゆーしー?」

 いろいろと耳慣れない言葉は聞こえてきたが、今のは伝わった。要するに彼は、もっと自分たちを頼れと言ってくれているのだ。責任を抱え込み、不安を抑圧するのではなく、もっと自分たちを巻き込めと言ってくれている。絆で繋がるという家康の言葉を認めて同盟を結んでいるのだから、もっと一蓮托生を押し付けろと言ってくれている。
 家康は不覚にも、その言葉に目頭が熱くなった。しかし涙は堪える。これはやせ我慢ではない。男の、矜持だ。

「………………」

 涙を堪えて声を発せずにいる家康を見て、政宗はその表情を緩めた、気がした。さすがに視線を合わせていられないで家康が俯いていると、政宗が動く気配がする。顔を上げて見てみると、政宗は懐に手を入れて、小さな袋を取り出していた。

「……それは……?」

 小さく呟いてみるも、返答は無い。政宗は片手で器用に中身を取り出し、二枚貝のような器を膝の上に広げた。中には褐色の、練り物状のものが入っている。政宗はそれを己の指の腹で掬い取って、

「………いてててっ!」

 思い切り、家康の患部に擦りつけ始めた。身を捩ろうにも、六爪を握る握力がそれを許さない。つん、と鼻につく臭いがした。薬草のような臭い。そこでようやく、政宗の行いが『手当て』であることを知る。むろん、慌てた。

「なっ、何を……!」
「見て分かるだろ」
「分かる!いや、分かるが、お前がそんなことをする必要は……!」
「アンタ、前の戦ン時も手当て断ったんだろ?今やっとかねェで、何時するって?」
「そ、それは……」

 確かに前回は部下が持ってきてくれた薬を断って、自分ですると言い、結局しなかった。それを言われると二の句が告げない。その間にも、政宗の手は進む。袋からは更に包帯が出てきたが、それを巻いていく手際は恐ろしく良かった。普段から負傷兵の手当てをしているのか、それとも自分の傷は自分で手当てを済ませているのか。ついに、何も言えないまま、家康の手は綺麗に包帯で巻かれてしまった。

「ほらよ。あんま部下泣かせんな」

 そう言って、政宗は立ち上がり、陣に向かって歩き出してしまう。その時ふいに、孫市の言葉が脳裏に蘇った。『扱いは難しいが、悪い男ではない』と。そうか。その言葉と政宗の姿にようやく合点がいって、家康の心中は一気に穏かになった。他人に無関心のようで、よく人を見ている。憎まれ口や皮肉を言いながら、他人を心配している。無愛想な態度を取りながら、無表情を気取りながら、その表情は、

「政宗!」

 名前で呼ぶと、彼は立ち止まって、肩越しに振り返った。その背に向かって、家康は笑う。

「ありがとうな!」

 その表情は、無表情ながらに、どこか優しい。



100805 天草
作品名:手(て) 作家名:かるま