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掌(てのひら)

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鶯張りの床が薄く音を立てて軋む。険を残した陽射しが差して、肌に温い空気が纏わり付く。汗ばむほどではないが、思わず暑い、と不平が口をついて出そうになる。夏も遠のいてきたとはいえ、やはり中央の気候は過ごし難い。
 目的の部屋に辿り着くと、政宗はその障子を無遠慮に開け放した。そのまま、ずかずかと部屋に入り込み、

「おい、家や―――、…?」

 荒げかけた声を喉へ引っ込めるように、政宗は口を噤んだ。家康は居た。政宗が入ってきたのとは反対側の、庭に面した障子の手前に。此方に背を向け、腕を枕にして寝転がっている。寝ているのだろうか。

「おい、家康」

 畳を踏み鳴らしながらその背後に近付く。だが反応はない。動く気配もない。目はしっかりと閉じられ、呼吸は一定速度を保っている。完全に寝こけているようだった。

「……」

 その様子に。なんというか、………呆れた。西軍陣営との抗争が続く今、警備もつけず庭を開け放したまま午睡とは。肝が大きいのか単に不用心なだけか。殺気を持たない殺し屋など山ほどいるだろうに。
 昼間から寝首を曝すなど、政宗には到底考えられないことだった。『独眼竜』、その言葉を授けてくれた師から、第一に教えられたのは、『他人の前で横臥してはならぬ』ということ。怠惰を見せるな、病床につくな、戦場に倒れるな。主君として、倫理を臣下に示すための教えである。政宗はそれを聞いて尤もだと思ったし、何度と言われることもなくそうしてきた。しかし三河に育った彼には、どうやらその心得はないようだ。
 驚き呆れて、無意識に、鼻を鳴らすような自分らしくない吐息が漏れる。そこで、はっと我に返った。どうしてこの男のために溜め息をつく必要がある。何故、自分がこの男のことを危ぶみ憂える必要がある。

「……んん、………」

 不意に、安らかだった寝顔に眉根が寄って、何やら難しい顔になった。どうしたのかと覗き込めば、額と鼻頭に汗の玉が浮いている。寝苦しい、らしい。白日の下に顔面を晒せば然もあろう。
 政宗は庭へ開けた障子を閉め合わせた。音もなく、そっと。紙越しに陽光はまばゆいが、幾分かは増しだろう。
 それよりも、意図せず音を殺した自分が決定的だった。絆されたか。再び安らかになった家康を見ながら、次は己に対する溜め息が出た。自嘲の癖は、と矜持が咎めたがこの場には午睡を貪る男がいるだけだ。甘い。戦国の世に名乗りを上げてから、何度も自分を叱責してきた言葉。人情に駆られた処置は、破滅に繋がる。それが、どうだろう?この男はまるで、そんな甘さを増長させてくるようで。甘さを捨てきれない、冷酷に成り切れない政宗を受け入れているかのようで。
 政宗は家康の隣に腰を下ろす。特段と急いだ用事でもない。じっと眺めていると、家康の額にまだ光る汗を見つけた。それに手を伸ばして、拭ってやる。その手が不意に――――ぱしっと掴まれた。

「っ、わり……!」

 思えばあまりに無作法な行動で、反射的に謝って手を引くも、それを家康の手が追い掛けてくる。寝起きの温い掌が、政宗の手首を引き寄せた。温さが汗ばむように暑い。家康はぼうっと、眠気の抜け切らない顔で、

「………おまえの手…つめたいな…」
「お、…い……ッ!」

 日に焼けて熱る頬に、政宗の手をひと、と押し付ける。そのまま寝てしまいそうなのを無下に払うこともできなくて、政宗はわずかにたじろくだけ。近い。あしらい方が分からなかった。こんな風に、するすると自然に懐へ入ってくる男を、政宗は知らない。懐かれることに慣れなくて、身動きが取れない。幼を寺で過ごした結果である。

 ……だが、不思議と。

 嫌な感じは、しない。体温が掌を伝わってじわじわと染み入ってくる。何処かむずかゆいような、安堵するような、気が咎めるそんな感覚。安らかな寝顔が、不安と安心を同時に煽る。

 ……まだ、分からない。

 横の体温が流れてきたのか、俄かに眠気が降ってくる。すうすうと寝息を立て始めた家康の横で、政宗は薄く瞼を閉じた。まだ横臥は出来ないが、もしかしたらいずれは。この男の隣で午睡を貪る、そんな日も遠くないのかもしれない。



100921 天草
作品名:掌(てのひら) 作家名:かるま