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こいのうたはききたくない

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「俺のあげられるものなんて少しだけだけれど」
 あったのは千景の目線だ。騒々しい街。そこから少し離れ、静かに点灯する街灯の下で、千景は目線をまっすぐに青葉に向けている。青葉は数歩離れた状態で、また何歩か後退した。そして、油断ならないといった表情で千景のことを見つめ返した。千景はいたって冷静なようにも見えたが、いかんせん街灯はついたりきえたりし、またその明りも十分とはいえなかったので、青葉は表情が完全に読み取れるわけではなかった。口もとが静かに開く。それはいたって楽しそうな、いつも通りの口調で。
「少なくとも愛だけはあげられる。」
青葉はその言葉をきいてすっと心の障壁を細い針が突き抜けていくような感覚を知った。細い針はたしかに細くて、皮膚や、自分の中にある壁を貫通するほどだった。けれど、殺傷力だけは十分で、刺さった瞬間、心臓からちょろちょろと液体が漏れ出す。ああ、と叫びにはならないのだけど、確かにその叫びは頭の中を何度も繰り返され、そして確実にむしばみ、そのまま地にふしたのだ。俺にとっての世界はここにはないのに。ふっと自分が彼からの愛を欲してやまないという男の顔が浮かんでは消え、そして最終的には地面とはちあわせたところで、差し出された手を無碍にはらったのだった。去れ、とうったえるように。俺の世界はこんなところにはない。



 青葉はそっと雨の降る場所を踏み出した。彼と最後にあったときのことを夢に見ていたら、自分のおりるべき駅を数駅逃してしまったのだ。なぜかそのままホームをでて、しばらく歩きたいような気持ちになった。雨はやまない。その雨は心地よく耳に響いて浸透する。
 青葉は彼の言ったことを反芻した。数日前の別れ際の記憶だ。彼が青葉に愛をくれるといったこと。青葉は困惑した。土足で踏み込まないでほしい世界に、出会ってまもないほどの男に踏み込まれたのだから。では、千景はどうだったのだろうと考える。それは真実だったんだろうかとさえ考える。そして、しばらくして、あれは彼なりの社交辞令か何かで、俺だけに向けられる大層なものではなかったのかもしれないとさえ感ぜられてまたきり、と胸が痛んだ。
 だって考えてみたら、あそこで過剰に反応したこちらのほうが数倍恥ずかしい。そしてそれからはずっと千景への怒りがわいて、たまらなくなる。動けないほどだ。

 街灯の点滅する場所をとおりかかって、一人の男がかつ、かつ、と派手に音を鳴らして近づいてくるのを見た。
 その男の正体を青葉は知っていた。だから何歩も後ずさりした。彼も傘をもっていないことに気付く。もっている鞄を傘がわりにして、やっちまったなぁと小さくつぶやくところまで。青葉は何もやましいことなどないならなぜ後ずさりなどするのだ、と心に唱え、そしてじっと相手が気付くのを待った。しかし千景は道の端の店の前へそそっと立ち寄ってしまう。拍子抜けした青葉はしばらくその様子をじっと見ていたのだが、千景はこっちをちらっとみて、ああ、と笑って手招きした。こっちへ来いということだろう。なんて横暴な、と思ったが、雨は先ほどよりも少しばかり強くなっていた。このまま歩くのは危険である。
「奇遇、ですね。」
「敬語。」
千景はおだやかに一言だけ発する。それにあわせて青葉はおこったように遠慮もなく言う。
「…お前の気まぐれに付き合わされたみたいで気分悪い。」
ぷっと千景は噴き出した。うんそれがいい、と独り言をぼやいたのも聞いた。
「俺の贈り物は気に入ってもらえなかったみたいで。」
「あんなもの、もらってなんの得になるっていうんだ。いらないと思って、だから俺はそれをあんたに返す。」
しばらくの沈黙が続いた。雨が弱まったらここをでるのだろう、そう思うと、まだ何も根本的に解決できてなどいないような気がして、もう一度いった。あんなものはいらないんだと。
「俺にとっていらないものばかり押し付ける。俺にとって困惑しなくてはならないものばかり押し付ける。ありがた迷惑だっていってもつたわらないあんたのことを俺が好きだというと思ったのか。」
 ばっと振り返った青葉の髪の先から水滴が大量とは言わないまでも千景の顔にかかった。その青葉の姿をみて、そして千景は鞄からタオルを手渡そうとした手を一瞬ひっこめた。そしてタオルをもっていない手で青葉のわなわなとふるえる手をつかんで告げる。『触れても?』と。
 青葉の返事などはもともと期待してなどいない。千景はただただ、目の前でぬれたまま自分に冷たい言葉を浴びせてくる少年のことを抱きしめることもしない。タオルをばさっと落とすと、驚いたように青葉の肩が揺れた。千景はその様子を見逃すまいとして目に焼き付けている。
「それはもしかしたら暖かいものかもしれないよ、青葉。」
 雨はやみかけていた。今のうちにといって青葉の踏みだしたのに続き、千景もあとを追った。
 青葉は雨の降る中を振り返って、傘を買おう、と言った。それはか細くてもよく通る声で、千景はその表情を見る。それは泣いているようでもあるし、ほがらかに笑う感じでもあったけれど、その複雑な笑みはきっと雨が降っているからに違いないと判断し、青葉にもしかしたら言葉が届いたのかもしれないと喜んだ。
自分の顔がほころんでいくのがわかると、街灯がついに消えそうにさえなっている道を今度は送るといって傘をコンビニで二本買ってをでた。今度の青葉は待っている。
青葉の表情はもううかがえなかった。雨がふる中で傘をさしていていたから。
しとしとと降る雨の中を無言であるいた。何を考えているかわからなくたっていい。
 電灯はもうともってなどいないのに、そこにふっている雨がとても温かく感じられて、青葉は静かに目を閉じた。