無知【西ロマ】※鬱注意
どこか苛立った様子で、僅か嘲るように、訊ねる声がする。
そいつが問うている意味はわかっている。
たとえばあの男が傷ついて帰ってくる意味だとか、
その言い訳にただ転んだと告げたりだとか、
そうでないと明らかに解る場合の理由として、決して自分を理由としない、その意味であるとか。
何にも気付いていないのかと。
その爪の先に残る赤茶けたものが意味するのが何であるのかと
本当に、知らないのか、と。
「あいつが俺に言わないのなら、それは、俺が知らなくていいことだ」
その呼吸が僅か、つめられる気配。
「少なくとも、あいつにとって」
知っていて何が出来る。
何もするなと止められるのか。
それとも救いでも差し伸べられるというのか。
無力な己には、それが叶わない。
ならばせめて。
「―だから俺は、何も知らない。」
だからせめて。
お前の望む、その形であろう。
何も知らず、
傲慢に我儘に、
何も知らないこどもであることしか出来ないのだから。
(本当は知っている)
(それが人の命を屠ってきた証であるということ)
(それが、何の為になされているのかという事くらい)
(とうに、知っているのだ)
―――(それが 無力な 俺にできる 唯一の )―
作品名:無知【西ロマ】※鬱注意 作家名:伊藤トメ