悪魔と踊れ 前編
マフィアに似合わず彼女の性質は荒事を嫌うが、一度コトに至ったならば、ツナヨシは先陣を切って飛び出していく。
この世界で侮られることの代償を、それがもたらす『痛み』を誰よりも知っているから。
いくら甘すぎると側近達に諭されるドン・ボンゴレでも、本当はとっくの昔に限界を振り切っていたのだ。
襲撃されたアジトに残していた大事な『家族(ファミリー)』。幸いに死者はでなかったが、それは相手が手加減したからではなく、彼らの戦闘能力が優れていたから。
血が流れることを誰よりも嫌う自分。ボンゴレ十代目を継承した今でも、拳をふるうのは躊躇われる。誰かを傷つけるのは怖い。
けれど、自分の躊躇が大事な『仲間』を『家族』を傷つけるのならば。容赦はしない。守ってみせる。そのために自分の力はあるのだから。
「援護を」
たった一言、ツナヨシはかたわらのザンザスに声をかけると、弾幕の中へ突っ込んでいった。
信頼しているのか、図太いのか、飛び交う銃弾など気にもかけず、ただ一途に獲物へ迫る。
「ちっ」
護衛対象が先に飛び出してどうする!
意気揚々と臨戦態勢にあったザンザスは出鼻をくじかれた。
思わず怒鳴りつけたくなるが、そんな暇すら惜しい。
ザンザスも、もはや盾の役目を果たさぬテーブルから飛び出すと、ツナヨシの進路の掃除にかかる。怒りの矛先を鬱陶しい雑魚どもにかえ、ザンザスは威勢良く『憤怒の炎』を解放する。
憤怒の炎が放たれた後には、一筋の道。
その先には、予想外の反撃と計算を上回る戦力に恐怖を浮かべた、ドン・カルツォーネの姿があった。
グローブに宿した炎を使い、ツナヨシは高速移動で敵を叩きのめしていく。
薄暗い闇の中、彼女の炎が複雑な軌跡を描く。その度に骨を砕き、肉を撃つ音が室内に響く。
怒号と悲鳴と銃声は次第に小さくなってゆき、瞬く間に、室内は『沈黙』で制圧された。
かすかなうめき声をあげ、床に倒れた男たちをツナヨシは無表情に睥睨する。顔にかかった返り血をぞんざいな仕草で拭うと、ゆっくりとこの愚かな闘いを望んだ相手に歩み寄る。
繊細で華奢な少女の姿はそのままに、しかし圧倒的な強さでこの場を支配する、血に愛されたボンゴレ十代目。
彼女は悲しみの表情を浮かべ、おもむろに口をひらいた。
「残念です」
充満する血と硝煙のにおい。この薄暗い闇の中、輝きを放つ金色の瞳がドン・カルツォーネを捕らえる。
「あ、悪魔が・・・」
ご自慢の戦力をほぼ一瞬で壊滅させられたドン・カルツォーネには、先ほどまでの覇気も、大それた野望の影も見あたらなかった。迫り来る恐怖の象徴に、ジリジリと後退するが、無情にも壁につきあたる。
「そう、その悪魔の尾をあなたは踏んでしまった」
この場を支配する我らが王の邪魔にならぬよう、ザンザスはひそかに嗤う。
(よりによって悪魔とはな・・・)
彼女を神だ、天使だと、崇拝する輩は数多い。そのツナヨシをして悪魔とは。
だがこの女には、最も似合うのかもしれない。
平凡な少女の容貌に相反する強大な炎と意志。
凡庸な存在と侮ったが最後、瞬時に牙を剥く美しい魔物。
その魔物は口元に婉然と笑みを浮かべると、この茶番劇に終幕を告げる。
「お別れです、ドン・カルツォーネ。命まではとりません。
二度とボンゴレの前に現れないでくだされば。
あなたに贈る言葉は一つ―――アッディーオ」
ずるずると崩れ落ちる男には、かつてドンであった栄光は見る影もなく。
もはや一瞥すら与えることもなく、ツナヨシは踵を返すと悠然と立ち去った。
彼女の護衛が背後に続く。
きしむ扉を開けると、一条の光が暗い室内に差し込む。
かすかに目を細めると、まばゆい光の中へ、ドン・ボンゴレは進んでいく。
【次回更新予定日:2010.11.13】