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バイルシュミット兄弟の準備運動

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銃を向け合って感じる高揚は何にも替えがたい、とプロイセンはいつも思う。
他のヤツらではこうはいかない。
たった一人、ドイツという己の盟主を相手にする時だけだ。
ドイツに銃を向ける時、プロイセンは確かな高ぶりをいつも感じている。







チュインと絞ったような甲高い音がしたかと思う間もなく背にしていた楡の
茶色い幹の樹皮がパッと散った。
砕けた場所は俺の耳元すぐ脇で、右耳に妙な響きがこだました。
「お兄様が相手なんだぜ、少しは手加減しやがれ!」
身を木の影に隠しながら叫ぶ。秋の樹木が茂る林の中とはいえ、この敷地に
いるのは二人だけの筈で、しかも今日は風も申し訳程度の快晴だ。少し声を
大きくすれば充分互いには届いた。
「残念ながら身内だろうと敵であるなら手加減無用というのが兄の教えだ」
「はー?そんな事言ったか俺」
数秒自問して、ああそうかオーストリアの奴とやった時かと思い当たる。
ならばと再び大声をあげた。
「じゃあお前は愛しい恋人を本気でぶちのめすような男なのか、よっ!」
言い様、腰を落とし身を低くしたまま木の影から飛び出る。ざくざくざくと
枯れ葉の毛布を踏みながら斜め前の大樹まで駆ける。
パンパンと足元の枯れ葉が次々に弾けた。
足を狙うとはどこまで本気なのか我が弟ながら恐ろしい。
「まだ白兵戦には至っていない」
「やる気じゃねーか!」
まだってなんだ、まだって!
再び木を盾に体勢を整えてついでに呼吸も整える。耳の記憶からヴェストが
打った弾数を慎重に数えて6発目だと割り出す。あと2発。俺のは4発。カート
リッジを交換する暇など俺が与える筈もなく、残り弾を数えられてることは
ヴェストも重々承知だろうからここからはより的を絞ってくるだろうと当たりを
つけた瞬間、またしてもあの甲高い音が聞こえた。しかも二発連射だ。
木から僅かにはみ出していた俺のブーツぎりぎりの葉に続けて二つ穴が開く。
「……ちっ」
慌てて足を引っ込めつつ、でもこれで向こうはゼロだとまた大木に身を寄せた
俺の首元に、木の向こう側からぬっと突然現れた手が伸ばされた。
「っ!」
そのまま喉を掴まれる事だけは回避した代わりにダンッと右肩を木に叩き
つけられた。間髪入れずに膝を左手首に叩き込まれ、銃を取り落とした。
「ぃ……って」
「あなたを素手で叩き伏せられたら、俺の永年の夢が一つ叶う」
恐ろしい事を言ってくれる弟だ。しかもこれをおそらく恋人として言っている
のだから言われた側としては恐怖を感じても許されるんじゃないだろうか。
「それに、あなたはそれくらいしないと大人しくはしてくれなそうだ」
「借りてきた猫みたいなのが好きだったのか?そりゃ知らなかった、ぜっ!」
言い切ると同時に痺れの残る左手を強引に振り上げて、ドイツの首筋に叩き
込む。だがドイツは寸でで避けて、俺を木に再度叩きつけながら距離を取った。
げほ、と一度だけ咳き込み、あとは無理やり飲み下したら喉がビキビキ痛んだ。
「いいや、抵抗の手段を全て奪われた貴方を思うままに弄ってみたいだけだ」
「………お、まえなぁ」
げぇと辟易した表情を見せてやっても弟は恥じた素振りも悪びれた様子も
なく、じり、と間合いを計る。
銃を拾いたいところだが、存外遠くに滑ってしまっていて手が届いたところで
後ろから組伏せられそうだ。
「は、ホントにどうしようもない弟だよお前は」
「育て親の影響かな」
「言いやがる」
くくく、と笑いが溢れた。全く救いようのない。
だが悪くない。そういう全てが俺に向けられているのなら、悪くない。
「なら賭けでもするか?」
「何を?」
「俺に勝ったら何でもしてやるぜ、お前が好きな事ぜんぶ」
「乗ろう。だが俺が勝ってもあなたは何もしなくていい」
「へえ?」
「何もしないでくれ。俺が全てやる…俺に、俺の好きなようにさせてくれ」
低い声が頭の芯に染みてじん、と甘く痺れをもたらす。知らず、ゴクリと
喉が鳴って自然に口の端が吊り上がった。
「………いいぜ、俺に勝てたらな」
Jaと弟が言った、それが第2ラウンド開始の合図になった。






             <バイルシュミット兄弟の準備運動>