【ドタイザ】お菓子の家
「ねえドタチン、ダリって知ってる?サルバドール・ダリ」
臨也の言葉遊びはいつでも災害のように突然に始まる。
門田はいつも文庫本を片手に話半分に臨也の話を聞いていたが、その失礼とも言える態度と、しかし投げかけた言葉にはそれ相応の返答を返せる程度の中途半端な集中力を、臨也はいたく気に入っていた。
今日も門田は、例のごとく眉一つ動かさずに答える。
「画家の、か?」
「そう画家の。そのダリがね、不倫相手の人妻に『君が知ってる中で一番卑猥で恥ずかしい言葉を言うんだ』って言ったら、その人妻は『私を殺して!』って言ったんだって」
「…それがどうした」
門田がページを捲る手は止まらない。しかし臨也が話し掛けると、その間隔がいつもよりほんの少しだけ長くなることを、臨也はもう知ってしまっている。
「ううん、別にたいした意味は無いんだ。ただ『死ぬ』とか『殺す』とかって、それだけ官能的な事なんだよ。」
臨也はこちらを向かないと解っている門田の目を見据える。
否、こちらを向かないと解っているからこそ、臨也は安心して視線を注ぐことができるのだった。
「…ねえドタチン、『私を殺して』」
なおも門田と臨也の視線が交差することはなかったが、門田は臨也の言葉を聞くと指の動きを止め、すこしためらう様にしてから文庫本を一ページ前に戻した。
そして、なんでも無いことの様に口を開く。
「…いつか、な」
「あはは、ドタチンならそう言ってくれると思った。今すぐって言わない所が、ドタチンのいい所だよねえ」
門田の言葉には、子供に「お菓子の家が欲しい」と請われた父親のそれと同じ響きがあった。
否定しない狡さと肯定できないどうしようもない優しさ。
そういうものがだらしなくないまぜになった音色。
臨也は、真綿で首を絞められるのは死にきれなくて苦しいけど、首が暖かいと全身が暖まるんだよな、と、馬鹿な事を考えた。
子供は父のその言葉に、訪れるだろう「いつか」を夢見て目を輝かせる。
臨也はもう確かに子供ではなかったが、大人でもないと自覚していたので、煙草の匂いがしない門田の肩に頭を預けると、息を止める代わりに黙ってただただ目を閉じた。
作品名:【ドタイザ】お菓子の家 作家名:ihcamuy