侵入者を着て
だからといって別に先客に遠慮するわけでもない。正規の入口からチュートリアルを経る事に飽きたユーザーは多く、ここも多分に漏れず正しい「裏口」が沢山ある。疾しい区界にはお決まりの利用履歴に残らない口も幾つかある。そのうち雑渡はいつも侵入者で、ご丁寧にハッキングもどきも体験できる所も好きだった。階層を降りる感覚はいつか藪を掻き分ける両手に変わって、現実より遥かに身軽な四肢を黒装束に包んで今日も雑渡は塀を越える。
なぜこんなに仮想現実に傾倒しているのか自分でも良く分らなかったけれど、とにかく雑渡にはお目当ての子供がいた。雑渡自身にはローティーンの少年をいたぶる趣味は無いのでその子に会えるなら別にこんな疾しい区界に用はないのだけれどその子はここのキャラクターなので仕方ない。時刻は夜半を過ぎ、その子供は医務室で待機していて、鈴を鳴らして入れば前回までの雑渡との情報がその子にロードされる事になっている。雑渡はいつだって目的の物も場所もパスワードも、すべて頭に入っている。
決まった風に鈴を鳴らして決まった風に戸を叩いて部屋に入ると伊作は嬉しそうにようこそいらっしゃいお待ちしてました、などと言う。
「今日は何をしますか?」
「そうだねえ、とりあえずゆっくりお話をしたいかな」
「ええーそんなあ」
せめて爪くらい剥ぎましょうよ今日は、と伊作は自分の手を握ってまるで少女のような仕草で空恐ろしい事を言う。木の器に盛られたせんべいを間に、向かい合ってとりあえずお茶を飲んでいる。
「何しても良いんですよ、ほんとに何でも、何でもして良いんです。」
「知ってるよ」
「お話だけじゃなくてもっとこう、酷い事とか、酷い事とか、したくないんですか」
甘えるような仕草で少し身を乗り出して伊作は聞く。酷い事、の時の両手はハサミの形でちょきちょきしていたので何を切る気なんだろうかと雑渡は思う。
「別にしたくないねえ」
「僕はされたいです、そういう場所なんです、そう作られてるんです、なのにどうして」
「どうしてと言われても」
「じゃあ、せめてうんと酷く抱いて下さいね」
うーん、そうじゃなくてさあ、と雑渡は思うけれど抱けと言う伊作が大層可愛らしく笑って上手に明かりも消したのでそういう事になった。
そして今日も雑渡はわざわざ会いに来た子供と碌に話も出来ないままだ。
おしまい