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変わり果てた私を

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「パパー!いくら食べたいッ!」
ドアの外から成歩堂みぬきの無邪気な声が聞こえた。とほぼ同時にドアが勢い良く開かれる。
「あ、御剣さん!来てたんだーッ!」
みぬきは御剣の顔を見るなりそう言うと続いて御剣の傍にいる成歩堂の方を向いた。
「ねぇ、パパ!いくら食べたいってば!」
それだけ主張するとみぬきはドアをバタン、と閉めて去ってしまう。暫く閉じられたドアを見つめていた成歩堂だがやがて御剣の方を振り返ると口を開いた。
「じゃあ、スーパーへ行っていくらでもかってこようかな。」
ソファーに座り込んで新聞を読んでいた御剣は新聞を畳むとため息をついた。
(―――全く。)
コイツの鈍感さには呆れる時がある。‥‥そのくせ変なところだけ敏感で―――。
(『御剣、何かあったの?』)
何度となく言われてきた言葉が思い出されて御剣は頭をふった。
(『パパには御剣さんしかいないんですから。』)
(『ぼくの言葉が本気だって思ったことは一度もないの?』)
(――――くそ。)
何度となく聞かされてきたためにすぐ耳に浮かんできてしまう言葉。これは相当な―――。
(重症、だな。)
「子供がいくらを食べたいと言ったら普通は寿司屋だろう。スーパーで買ってきたいくらを食べたいなどと言う子供がいるわけがない。」
成歩堂は立ち上がると苦笑して
「うちの子供はお前みたいに贅沢志向じゃないんだよ。でもまあ‥‥。」
壁にかけてあるコートを掴みとった。
「今日は良いか。お前もいるし、オドロキくんもいることだしね。」
そう言うと丁度御剣の胸ポケットの辺りを指差してニヤリと笑った。どうやら財布のことを指しているらしい。
(コイツは‥‥‥‥。)
「仕方のないヤツだ。」
ため息をつきながら頭をふると成歩堂はガッツポーズをした。その姿を見ながら御剣は考える。
(―――大丈夫。)
金銭的に求められる方が肉体的に求められるよりもずっと楽、だ。
「じゃあ出掛けるか。」
御剣の気持ちを知ってか知らずか成歩堂はそういうとドアを開けて部屋を去ろうとする。
「私は着替えてから行く。」
御剣はその背中にそう言うと成歩堂がドアを閉めるのを見届けてからズボンのベルトを緩めた。
――――いつからだろう。成歩堂との間にこんなに大きな距離を感じるようになったのは。ムカシは違った。ただ、前しか見えなくて‥‥‥‥成歩堂が好きだ、という気持ちだけで前に進めた。でも今は‥‥きっと怖いのだ。自分が成歩堂に溺れていってしまうのが。まわりが見えなくなってしまうことが。どうしてこうなったのかは分からない。いつからこうなったのかも。ただ、一つだけ分かっていることがある。
――――変わったのは成歩堂ではない。私、なのだ。
成歩堂のことは今でも好きだ。こんなにも愛している。その愛が重すぎるなんていう時期もとうに過ぎた。ただ、今は――――成歩堂と一緒にいることが辛すぎるのだ。恐らく、その愛しさ故に。
「お前って本当にぼくに対して無防備だよな。」
その時、後ろからふと聞き慣れた声がして――――。
(――――しまった。)
と思った時にはもう遅く。御剣の身体はソファーの上に押し倒されていた。いつの間に部屋に入ってきたのだろう。
(――――慣れすぎていた故に‥‥気づけなかった?)
認めたくない可能性を御剣は頭の中で打ち消す。そして平静を装って自分の上にまたがっている成歩堂に尋ねる。
「何の事だ?」
本当は分かっていた。ズボンのベルトは外されているのだ。襲ってください、とでもいわんばかりに。それはもうおあつらえむきだろう。
予想通り成歩堂はズボンのベルトに手をかけた。自分でも恐怖で顔がひきつるのが分かった。思わず洩れそうになる悲鳴を唇を噛んで押し殺したところで成歩堂の手が止まった。
(――――やっぱり、な。)
――――最初から分かっていた。強がりなどではない。ましてや期待では。どうせコイツが私を襲えるワケがないのだ。彼も私と同じ。一線を越えるのが怖いはず、だから。
「な‥‥‥‥。」
(成歩堂。)
そう言おうとして成歩堂の顔を見上げた御剣は口をつぐんだ。成歩堂の顔に浮かぶその表情は――――。
(――――どうして。)
押し倒されているのは私だ‥‥なのに何故。
(何故、貴様がそんな泣きそうな顔をするんだ。)
泣きたくなった。今までそんなこと一度もなかったのに成歩堂のその顔を見た瞬間どうしようもなく泣きたくなった。
「ねえ、御剣‥‥どうして?」
「‥‥?」
「ぼくのこと、キライになったの?」
(――――違う。)
嫌いになんてなれる訳がない。寧ろ前より愛しさは増しているのに‥‥。
「どうせ貴様は持ってはいないのだろう。私を抱くだけの覚悟も勇気も。ならば‥‥最初から‥‥。」
好きになんてならなければ良かったのに。
(――――違う。)
そんなことはただの言い訳に過ぎない。身体なんて求めていなかった。成歩堂が傍にいてくれる。ただそれだけで良かったのに。
「別れよう、成歩堂。」
御剣は成歩堂の顔に手を当てた。
ムカシは、良かった。不安と言えば成歩堂が他の女性に気をとられることが不安で仕方が無かった。
――――でも今は逆、だ。成歩堂が私に夢中になっていることに不安を感じる。だから敢えて遠ざけた。オトコ同士の恋愛など本来許されるべきではない。成歩堂には無限の可能性があるはずなのに、オトコの私なんかに囚われてその可能性を閉ざしてしまうことなんてあって良いはずがない。
その若さ故に若い頃は見えなかった。分別のつく年になってやっと気付いた。
「嫌、だよ‥‥御剣。だって御剣の目は‥‥。」
そんなこと分かっている。成歩堂に指摘されるまでもない。
「御剣の目はぼくのこと好きだって言ってるよ。」
分かっている。最初から全部分かっている。だから言わないでほしい。
恐らくここで成歩堂を拒絶したら耐えられなくなるのは成歩堂ではない。私だ。
だからこんなにも彼の傍にいるのが苦しいのに彼の傍から離れられない。彼の傍にいたいのだ。‥‥友人、として。
訳もなく涙が溢れた。
(―――ああ、本当だな、成歩堂。)
変わったのは君ではない。私、なのだな。
嫌だ、と思った。変わってしまった自分自身が。今の私は成歩堂に愛される資格など無い、とも。
――――でも。
それでも君は変わり果てた私を愛してくれるのだろうか。
作品名:変わり果てた私を 作家名:ゆず