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旅立ちは夜。

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あまりにもドタバタとした旅立ちのあと、僕は一度カノコタウンに戻った。
相変わらず人は少ないし、その辺歩いているのは幼い頃から見知った人たちばかりだ。会うたびに呼び止められ声を掛けられて、旅立ったのがほんの数日前にもかかわらず調子はどうだ、怪我はしてないかと本気で(またはお前なら楽勝だろといわんばかりに)心配された。

僕はまだ、子供の扱いからは抜けないらしい。

確かに、トレーナーとして旅立ってからまだ数日。
図鑑完成どころかジムバッジすら手に入れてない。
それでも、一度戻ってきたのは。
親の知り合いをぞんざいに扱うわけにもいかず、目的の場所に着いたのは夕暮れ時だった。

「もうホームシックなの?」
突然の訪問にこちらを見ようともせず、研究の資料であろう書類をまとめながら彼女は言った。
期待はしてなかったが、拒絶されているようで。
(……もう何度もあるのに)
未だ、彼女からの変わらない態度に慣れることは無い。

「一応、成人したということになります」
「そんなこと自分で言ってるうちはまだまだコドモ」

資料を机に置いて、今度はパソコンに向かい始めた。
どうやら今日は顔を合わせることも出来ないらしい。

「…で、用件は?図鑑の機能でも聞きに来た?」
「……」
しばらくそのまま時間が過ぎる、夕暮れはいつしか夜へ色を変えていた。
キーを叩く彼女の指は止まることもなく。
僕はそっと、手を伸ばせば、届く距離まで近づく。

「アララギ博士」
「…ん?」

いつの間にか、彼女の手は止まっていたけれど、こちらを向くことは無く。

「僕は、必ず図鑑を完成させます」
「うん」
「…出来れば、チャンピオンにもなります」
「夢が大きいのはいいことよ」
「だから、」

「そのときに、もう一度、来ます」

椅子がくるりと回転して、初めて彼女と目が合う。

「そう」
「…はい」
「図鑑完成って結構大変よ?」
「それはまぁ、他の二人もいますし」
「……本気なのね、あのときと一緒」

また椅子が回転して、キーを叩く音が再開される。
では、また、と僕も出口に向かって歩き出す。
ドアを開けて夜の道を歩き出す。生まれてから育った町、今はもう別の世界に見える。
家に帰ることはせず、このままその辺で野宿だな。
行けるなら、サンヨウまで行こう。
止まることは、したくない。

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全く。
「……全く、全くもう!」
どん、と拳を作ってテーブルを叩く。側に積み上げていた書類が崩れたが構うものか。
先ほどから始めた文章の打ち込みは全然進んでいない。
それもそのはず、先ほどまであの少年がいたからだ。
もう青年、と言ってもおかしくない年齢か、と思い直す。随分時が経ったものだ。
チェレンとは別の、大人びた感じがあった男の子だった。
大人しく、周囲の期待に適度に応えながらどこか冷めている子供。

『ぼくを、はかせのおむこさんにしてください』

なんて言われたときは可愛いなぁと暢気に頭を撫でて『いいわよ』なんて言ってしまったけど。
(その後聞いていたベルが泣き出してチェレンが慌てていたっけ)

「…図鑑完成、ね。いろんなところでやり遂げている子達がいるのは知っているけど」
もし、仮に、そのときが来た時用に。
「オーキド博士、お元気かしら」
メールソフトを立ち上げて用件と最近のこちらの研究結果を送る。

頬の熱さは、ようやく治まった。
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作品名:旅立ちは夜。 作家名:ちはや