戦場に起つ
平野の中央辺りで大きな雄叫びが上がり、大群がぶつかる。目を閉じると、刀のぶつかり合う音さえも耳元で聞こえるような気がした。これは戦場の、兵たちの呼吸だ。生きている。地も人も生きている。もちろん、自分も。
滾る血に急かされ、目を開けた。
――行くか。
踵を返し「出るぞ」と短く告げると、即座に小姓が刀を差し出した。奪い取るように受け取り、更に足を進める。その先に佇んで――正確には浮かんで――いたのは、旧友、大谷吉継だ。
三成は吉継の前で足を止めると、素早く刀を振り抜いた。細い刀身がひゅん、と風を切る。脇に控えた兵は僅かに身を引いたものの、吉継は三成を見据えたまま微動だにしない。
「……刑部。私から離れるなよ」
吉継は相変わらず心の読めぬ顔で小さく頷いた。
「あいわかった。ぬしの背は我が命に代えても守るゆえ、安心せよ」
本気だか冗談だかわからぬ声音だった。しかし三成は気にしない。本気だろうと冗談だろうと、どうでもいいことだった。
刑部の言葉だと、判るだけでいいのだ。
しかし先の言葉は了承し得ない。三成は眉を顰めた。
「誰がそんなことを命じた? 私はただ離れるなと言ったのだ」
吉継は相変わらず冷えた眼で三成を見つめている。三成も同じような瞳をしていた。視線を逸らさないまま、三成は刀を鞘に収めた。キン、と鍔と鞘口がぶつかる甲高い音を合図に吉継から視線を外し、足を踏み出した。
「誰ぞに殺された貴様に対面するのは御免だ」
友の隣を通り過ぎると同時に低く呟く。直後、後悔に襲われ足を速めた。
「それは」
背後からの声に、三成は足を止めた。聞き漏らすまいと耳を澄まし、目を閉じる。何故か心が落ち着かない。戦前の興奮とはまた違う昂りだ。
「……ぬしが我を殺してくれるということか?」
三成はため息をついた。振り返り、何の表情の変化もない友の顔を見据えて目を細める。
「刑部。やはり貴様の冗談は面白くないな」