捕らえ囚われ
物理的な痛みなら、まぁ勿論嫌だけど、もう慣れてるし我慢は出来る。よっぽど酷くなければ、そのうちよくなるし。人より治りは早いしね。
…本当に痛いのは、他だから。
例えばその物理的な痛みに付属する、悪意とか、そんなの。
目には見えないけど、感じはするからね。
少し鈍感な方がいいんだよ。
その方が、痛みは軽くて済む。
まぁ、実害ありそーな悪意とか敵意には敏感な方がいいかもだけどね。
本当に怖いのは、表面ニコニコ裏で悪意たっぷり、とかかな。
そして、それをどっかで耳にしたり目にしたりしちゃう事。
何せこっちはついてないんだから、そーゆー場面には必ずかち合う。
やってらんないよね?
みっちゃんが好きなのは、そこらへんオープンだからな所もあるかなー。
嫌われてるのは痛いけど、隠したりはしないからね。それはそれで痛いし悲しいけど、楽なんだ。
…結局自分の事しか考えてない訳だけど。
…でも、なんていうか。
誰かに好かれて痛いって思うの、初めてかもしれないなぁ…。
あぁ、うん。こっちも好きになっちゃったのが、最大の失敗だよね?
です代に好かれて色々と思う事はあったけど、あれは最早お約束と化していて、諦めてる所あるからなぁ…。
…でも、これは。
それとは別の、どうしようもない痛み。
だって僕は、ついてないんだよ?
だから。
「…それに、応えられると思う?」
「…お前が何か余計な事をぐちゃぐちゃ考えてたのはわかった」
溜息を吐きながら、勝利が言う。
うわぁ、バレてるよ。
結局頭の中で長々と現実逃避じみた言い訳してただけだからなぁ、今の。
…あぁ、言い訳にもなってないか。
「俺が聞きたいのはお前の気持ちだけだ。俺をどう思っているか。聞かせろ」
…流石勝利。ド直球。
とはいっても、言える訳ないし。
「またうだうだ考えてやがんな…?」
「う…」
詰め寄ってくるのはやめてほしいんだけど…。
なんか凶悪な顔してるし。怒ってんのかなー。
…いや、あれは何か企んでいる顔だ。
嫌な予感。
つーかこれ、いつか似た様な事があった気が…。
と、腕が掴まれ、引き寄せられた。
「ちょっ…」
抗議の声を上げようとして、直ぐ様その出口を塞がれて、遮られた。
抵抗なんてあってないようなもんだ。
慣れてないから、ロクに息も出来ちゃいねぇ。
こちらとしては好都合だが。
腕を引き寄せた勢いでそのまま抱き込んで、その身体を捕らえて、口腔を味わう。
撫でる様に舌先でゆっくり口内を舐め上げると、洋一の身体が大きく震えた。
上顎の裏を擽ってやると、堪え切れない声が漏れる。こいつここ弱いよな。
抗議のつもりか抵抗しようとしているのか。俺の服を握っている手は、縋っている様にしか見えない。
俺に抱き込まれている時点で、洋一に自由は無いからな。
「ふ、ぁ」
一旦解放する。足りなくなった酸素を取り込む為に、大きく息を吸い込んだ。
仕方無いとはいえ無防備が過ぎる。
文句が出る前に再度そこを塞ぎ、既に力が入らないだろう身体を完全に腕の中に閉じ込めて、一層深く口付けた。
「んぅ…」
舌を絡めて、きつく吸ってやれば、くぐもった声が漏れる。
感度が良いのは楽しいもんだな。可愛いし。
朱に染まった頬。目尻に滲む涙。寄せられた眉根。細かく震える存外に長い睫毛。
何度見ても良いモンは良い。
音を響かせながら絡む唾液が甘く感じられるのは気の所為か。
当人にしてみれば必死なんだろうが、口内に溜まる唾液を飲み下す時に鳴る喉がまた煽ってくる。
「ん、く…っ、ふ…ん」
それでも飲み込めない唾液が唇から零れて顎を伝い落ちる。
気にする余裕も無いのか、自由に手を使えない為か、そのままだ。
…天然でえろいのは始末に悪い。
このままヤッちまうのも一興だが、それだと流石にマズイだろう。
そろそろ頭も回らなくなった頃だ。
名残惜しいが、口腔から舌を引き抜く。
間に繋がる唾液の糸が口付けの深さを表していて、何だか気分がいい。
それが切れたのが惜しくて、ついでとばかりに顎に垂れた唾液を舐め取った。
「…で、どうだ。俺の事は好きか?」
「…ぅ?」
「好きか?」
「…ん」
こくり、と控えめに頷く。
目は虚ろでぜってぇ思考が正常に機能していないが、言質は盗った。じゃない取った。
言葉としては不十分だが、まあいい。
「じゃあお前は俺のもんだな?」
「………うん」
よし、取った!!
これで押し通す。
多分今の俺の顔はすげー凶悪な笑み形をしているんだろうが、正直そんな事はどうでもよかった。
だが。
「………勝利、本気で手段選ばないよね」
きゅ、と俺の服を掴んで、溜息と共にそう呟いた洋一が。
「…僕の事好きじゃなくなったら、勝利の負けだから」
僕の方が、好きって事になるんだから、なんて。
俯いて、しかしそれでもはっきり解るくらいに耳まで真っ赤にした腕の中のこいつがそうもごもご言った瞬間に。
――やられた、と、いっそ清々しいまでに。
ある意味で、完全に負けを認めてしまった俺だったが。
「…負けねーよ、絶対」
洋一にはそう言いつつも。
まぁ、それでもいいか、なんて。
そんな事を思ったのは、多分初めての事だった。
先に惚れたのはどっちやら。
今更どうでもいいけどな。
しっかし、まず終わりを考えるのは、お前の悪い癖だな。
宇宙一のついてなさか。上等だ。
俺は勝利マンだぜ?
お前の言う負けは、ぜってぇねーよ。
「つー訳で、愛してるぜ?」
「…何がつー訳なの」
「そこはお前も返すべきだろ」
「…やだよ」
「まあ顔真っ赤でバレバレな訳だが」
「うっさいよ!!」
じゃれ合いつつ騒ぎつつ。
なんだかんだと寄り添い帰る二人には。
勝者と敗者の区別など、全く意味の無いものらしかった。