さとーくんかわいい
「あのー……チーフ?」
「今日だってね、さとーくんがね、さとーくんはね、さとーくんでね……」
珍しくチーフと二人で裏で作業をしていた俺は、いきなり始まった惚気にあっけに取られて固まっていた。
佐藤さんがチーフに片想いをしているのは知っているが、チーフは恐らくその想いを微塵も感じていなかったはずだ。
俺の主観では少なくともこんな感じだった。
それなのにチーフは店長ではなく、佐藤さんの惚気を次から次へと文字通りマシンガンのように語っている。
……ここまで語られると。
佐藤さんには申し訳ないが、俺だって目の前にある好奇心という名の風船に確信の針を突き立てる質問をしてみたくなる。
すみません佐藤さん!
「ちょっといいですか?」
「その時のさとーくんが子犬みたいでかわいくて……うん? 何かしら小鳥遊君?」
「佐藤さんの事、好きなんですか? その……異性として」
「そうやって言われると恥ずかしいけど。そうね、好きよ」
俺の質問によって改めて認識をしたようで、紅く染まった頬を手で押さえながら答えるチーフ。
この様子だとこれまでのような、友達、としてではなく、本当に一人の男性として意識をしているのが窺えた。
これはしかし意外というか、想像もしていなかった展開だ。
「俺が言う事じゃないかもしれないですけど、佐藤さんもチーフの事が好きですよ」
我ながら山田を怒れない程の口の軽さだと思う。
それにいくら何でもバイト先の他人のこういう事情に自分から首を突っ込むなんて無遠慮も甚だしい。
それでも言いたかった。
ぶっきらぼうに見えていつも優しくて良い人な佐藤さんが少しでも報われてほしかったのかもしれないし、興奮した好奇心の延長だったのかもしれない。
「知っているわ」
「え? じゃあ……」
「でもね。ふふ、それは言ってあげないの」
「どうしてですか?」
「だってさとーくん、すごくかわいいんだもの!」
さっきから嬉々として繰り返し言っているが、どういうところが可愛いと言うのだろう?
小さい物好きの俺には一生を賭けても理解できそうにない。
若しくは、チーフだけが解かっていればいいという事か。
もう何だか佐藤さんがやっぱり不憫としか思えない方向に片足を突っ込んでいるような気がするが、今更チーフを止めるのは無理だ。
「それは……どういう時ですか?」
「全部って言っちゃえばそれだけなんだけど……」
「だけど?」
「私と話している時はすごく嬉しそうで、それがかわいくて。そんなさとーくんを見るのが私は好きなんだなって」
「そうですか……」
「もっと積極的でも私は全然構わないんだけど……でも今のヘタレで何も出来ないさとーくんもかわいいの」
佐藤さん、貴方の想い人は貴方の想像以上に黒いというか悪女かもしれないです。
年増とは言え、しっかりと仕事をする人なだけに俺も内心ちょっとショックです。
後、チーフから見てもヘタレみたいです。
しかもそこが可愛いらしいです。
いや、そこも、か。
「じゃ、じゃあチーフから佐藤さんに何か言うという事はないと……?」
「うーん……言おうと思えば言えると思うけど……だけど、今の関係やさとーくんも好きだし……」
すごく……漢前です……
いつまでもヘタレて乙女やっている場合じゃないですよ佐藤さん。
「それにね?」
「それに、何ですか?」
────ピンポーン
「あら、お客様ね。私が行ってくるわ」
「すみません、ありがとうございます」
その時、計ったかのようなタイミングで鳴ったベルは、会話を切り上げさせるのに充分な理由となった。
最後まで聞いてみたかったような気がしないでもないが、後からぶり返す程の話でもないと思う。
柄にもなく熱くなってしまったのかな。
俺の好奇心もここでおしまい……かと思われた。
「いいのいいの。それとね小鳥遊君、さっき言いかけた事だけどね」
「は、はい」
「やっぱり好きな人から言われたいじゃない。そういうのって」
最後の最後でチーフはさっきのあの漢前から一転して、大多数の女性が望むような、好きな人から告白されたい、との願望を口にした。
その表情は先ほどの紅を保ちつつ、一人の男性を想うはにかんだ乙女のようで。
きっとチーフには。
好きだからこそ近い未来、不器用ながらも有りのままの想いを伝える格好良い佐藤さん、が見えているに違いなかった。
「だから小鳥遊君もまひるちゃんを待たせてちゃダメよ?」
「え、えぇ!?」
やはり俺はチーフが苦手みたいだ……